土筆塾主宰・土屋春雄のブログ

普段着の子どもたち
6月は日本の政治がめまぐるしく動いた。政権与党の数を頼んでの暴挙につぐ暴挙。”数だけが物を言うんだこの国は”といったところ。どう観ても現政権の目指す方向は国民と子℃も達にとってきわめて危険な方向に急速に動いている。もうすぐ参議院選挙。国民の一票に期待するしかない。
前回に引き続き作文を通しての『普段着の子ども達』を書き留めておく。
  地域社会のなかで

    なぜ捨てるのかな?    (5年生)

「また捨ててある」
 カンや紙くずが、いっぱい道に捨ててある。すぐそこにゴミ箱があるのに。そう思いながら、わたしはゴミ箱に捨てる。それからまた歩く。少し歩いただけでもゴミはいっぱい転がっている。またゴミ、まったく!
 すぐそこにゴミ箱があるのに。そう思いまたそれを拾い、ゴミ箱に捨てる。毎日その繰り返しだ。私はゴミ拾いじゃないぞ、と思う。
 でもつい最近までゴミ拾いはしていなかった。この前、おじさんがゴミ拾いをしているのを見て、私もやることにしたのだ。でも本当はやりたくない仕事だ。
 公園の前を通った。子ねこがいた。毛が汚かったから捨てねこだと思った。ねこまで捨てていく。まったく、ねこはゴミと違うぞ!ねこはもちろんゴミも捨ててはいけないんだ!
 今、環境問題があることを知っていながら、こういうことをやるなんて・・・。自分ひとりぐらいいいや、なんて思っている人が多いからこういうゴミ捨ても多くなる。また、ねこだってそうだ。ねこを飼うんなら最後まで責任を持って飼え。一人一人がこういうことはいけないな、と思えば、ゴミ捨てや捨てねこはなくなるとわたしは思う。

いじめを見た     (6年生)

 商店街の自動販売機の前で、高校生たちのいじめを見た。女子高校生が六人。5人対1人。
最初はみんなで話しているのかと思った。だけどだんだん様子が変わってきた。その道を通る人が少なくなると、一人の女の子に五人で話しかける。なんだろう?私とSさんは、様子が変わったことに気づいて、さりげなく近づいてみた。あっ、一人の女の子がいじめられている!
 みんなで、周りを囲んで「おら、おら」とか、「てめぇ」とか言っていた。ある女の子はタバコをすっている。ある子は厚化粧している。本当に高校生?と思ったとき、一人の女の子が言った。「ゴミ箱に顔突っ込め」。
 えっ、まじ?
でもいわれた子は気が弱かったみたいで、すぐ言われたとおりにした。あさったり顔突っ込んだり・・・。周りに大人もいたが、見てみぬ振り。そんなのってある?
いじめている子は笑っていた。
 これで終わりかと思ったら次はジュース。またみんなで囲んで、「てめぇ、ジュース買えよ。」とか、「買わなかったらどうなると思う?」とか・・・。その子はお金を出す。また二、三人よってきてその子たちの分も買っている。もうお金がなさそう。
 いじめをとめたい。とめてやりたい!そう思った。でも六年生二人と高校生五人じゃ話しにならない。大人は見てみぬ振り。
 私とSさんはその場から離れた。いったいこのイジメ、誰が止めるの?本当に私たち、にげてよかったのかな・・・。

    電車の中で    (中学2年)

江古田に行く電車に乗った。向かい合った席に、幼稚園の年長くらいの子と、その母親らしい人が座っていた。女の子はきちっとした服装に手さげカバンを持っていた。
私はその雰囲気から「あっ」と思った。以前、テレビで有名小学校にわが子を入れるために一生懸命な、ある家族を映していた。毎日毎日、幼稚園から帰ると遊ぶ暇もなく塾に通う。子どもは割りと楽しそうだったけれど、親は「面接の時の親の服装も見られる」だとか、そういう話ばかり、ほかの親と話していた。そんな内容のテレビだったがそれをふと思い出したのだ。
案の定、前の席に座っている母親が、子どもに掛け算の九九を言わせたり、算数の文章題を出したりしていた。その女の子は「あとなんこの駅?」とか、「何分いるの?」とか聞いていた。
その親子の降りた駅には、ほかにもたくさんそういう感じの親子がいた。テレビで映し出されていた親は、私立小学校に入れる理由を「立派な人になってほしいから」と言っていたが、この人たちもそうだろうか?
人それぞれ考え方はあると思うけれど、無邪気に塾に通う幼稚園の子どもたちが、なんだかかわいそうに思えた。子どもたちはどのくらいまで自分の状況を知っているのだろうか?きっと、この子たちは小学校高学年になっても、なぜこういう学校に通っているのか疑問を持つこともないだろう、と私は思う。
もし私が、小さいころに親の考えだけでこういう学校に入れられていたとしたら・・・私は嫌だ!

   近くの本屋    (中学2年)

 つい最近、私の家の近くの本屋がつぶれてしまった。その本屋は、近辺に三つの支店があるが、その三つともつぶれてしまった。私の家の近くにはその本屋しかなく、後は駅前にある本屋と駅の向こう側、少し歩いたところにあるが、その本屋がつぶれたことでとても不便になってしまった。
私は、しょっちゅう本屋を利用するので、とても困った。本はよく買うし暇つぶしの時間にはもってこいの場所だったし、待ち合わせにも最適のところだった。私の周りには本屋でマンガをよく買う人が多いので、まさかこの本や、それも私が一番よく利用している本屋が、つぶれるとは思わなかった。
やっぱり、この不況の時代に、例外はないのかもしれない。

   ゴミを拾うおじさん    (6年生)

学校へ行くとき、いつもゴミを拾いながら歩いているおじさんがいる。家の前の道路から、気象衛星センターまでの間でいつも見かけるので、きっと気象衛星センターの人だと思う。
この間、おじさんがゴミ拾いを始める最初の動作を見た。そのおじさんは、カバンから、おもむろにゴミ袋とカンゴミばさみを取り出して、燃えるゴミ燃えないゴミを別々にして拾っている。
私はいつも、そのおじさんを歩きながら追い越すのがとても悪いような気がする。きっと追い越していく人みんながそう思っているに違いない。
朝おじさんを見かけると、いつも心がすっとするけれど、少し胸がチクッとする。私だって勇気があればできることだ。
おじさんの通った後の道はとてもきれいだ。

親         (中学3年)

どうも最近の親はおかしなところがある。それは自分の子どもにOO君とか、OOちゃんなどと「君」「ちゃん」付けして呼ぶことだ。俺の親なんかは、どこの誰と話そうと「君」など付けたことはない。俺はそれでいいと思っている。「君」など付けられては恥ずかしいくらいだ。
また、自分の子どもを叱らない親がいる。
家の近くに中学2年のバスケットボール部に入っている男の子がいるのだが、その子が家でバスケットボールをつく。それが響いてとてもうるさい。夜になってもそれをやっている。それなのにそこの親は注意ひとつしない。その家の父親は中学の先生をしているのだ。どういう家なんだ、とこちらがとまどいを感じる。親が何も言わなければ、その子はそれをいいことだと思ってしまわないか?
子どもにも責任はあるが、怒ったり注意したりしない親も親だ。子どもは親を選べないのだから、もうちょっと、「親なんだぞ」と言うところがほしい。
   
[PR]
by tsukushi--juku | 2007-06-27 22:11 | Comments(0)