土筆塾主宰・土屋春雄のブログ

子どもたちの日常
前回に引き続いて子どもたちの日常を作文を通して紹介します。
     
   家庭で、地域で、学校で

ここに一郎、二郎、三郎、四郎の四人兄弟がいる。いずれも塾生だ。それぞれが書く兄弟の姿や、家庭での生活が面白い。

 お兄ちゃんのこと    (3年生・四郎)

 二郎お兄ちゃんは、いつもかくれてゲームをしている。ゲームをしていい日は日曜日だけなのに、父ちゃんと、父ちゃんのねぇちゃんがいない日なら、学校から帰ってから何時間もゲームをしている。
ぼくが、学童から早く帰ってきて、お兄ちゃんに「ゲームやらせて」と言うと「ちょっと待ってて、まだぜんぜんやっていないから」と、ウソをつく。
ぼくはそんな兄ちゃんがきらいだ。

   わがまま四郎     (二郎・中学2年生)

 最近、四郎はわんぱく坊主になった。人間は不思議なものだ。保育園のころはいじめられていたのに、小学校に入ったらいじめ返している。最近では5年生も泣かしたらしい。早くもほかの子の親から危険度Aクラスとして、一目置かれる存在になっている。
 四郎はわんぱくのほかにわがままと言う特性も持っている。「いいの!チャンネルはこのままなの!」とテレビを独占する。ぼくは怒るが、おばぁちゃん、お父さんほか大人はそろって甘やかす。
 このままでは四郎は、高校生ぐらいになると、何をやらかすか心配だ。四郎のわがままを、今からでも直してやる!

   四郎、ついに不良     (二郎・中学2年生)

 最近、四郎は荒れている。兄貴、親、家族友達、だれかれに関係なく
「あぁん、けんか売ってんのかぁ?このやろう!」
と言う。人が来ても挨拶もしない。テレビのチャンネルを変えると、殴るけるの暴力を振るう。おじいちゃんに
「死ね、このボケ爺!」などと言うし、我が家の台風の目だ。しかも自称不良を名乗っている、とんでもないやつだ。
 四郎が行儀よくするのは、お年玉をもらうときだけだ。まったくわががままにもほどがある。

    家のなまけ者     (三郎・5年生)

 ぼくの家にはなまけ者がいる。なまけ者、おなじみの二郎兄ちゃんだ。はっきり言って、二郎兄ちゃんは弟と同じ程度の仕事をやっている。今月、自分の仕事(牛小屋の仕事)をした回数はなんと一回だ。
 ぼくは、米とぎを今月十二回やって、一郎兄ちゃんは、牛小屋の手伝いをやりすぎて何回かわからないほどだ。ぼくははげしく怒っている。二郎兄ちゃんはたったそれだけの仕事で、ばぁちゃんからお小遣いを千円ももらっている。ぼくが、
「二郎兄ちゃん、仕事してよ!」
と強く言うと、話題をそらしてほかの話へと移り、ごまかされうまく交わされる。
 二郎兄ちゃんの戦術はまだある。それは、かぁちゃんに、「布団を敷いて」といわれたら、まずじゃんけんをして、片付けと布団を敷く人を分ける。(ぼくはいつも片づけだ)二郎兄ちゃんは布団敷きなのに何にもしないでかぁちゃんがやってくれるのを待つのだ。これには驚いた。
 二郎兄ちゃんは頭がいい。いろんな手を使ってこれからも仕事をしないだろう。
 ぼくはおばぁちゃんに、お小遣いのことを抗議するつもりだ。

    牛舎の手伝い     (一郎・中学二年生)

 最近家のおかぁさんは忙しいらしい。何でも新しい資格を取るために、毎日勉強会に行かなくてはいけないらしいのだ。これでは牛舎の仕事が出来ない。と言うことで、ぼくと二郎が牛舎を手伝うことになった。
 前から手伝ってはいたのだが、ぼくが手伝うのは夜だけで、朝はやらなかったし、担当はエサ作りだけだった。二郎は牛舎の仕事はおろか、手伝う仕事の量は三郎にも劣っていた。
 今回は夏休みの週間。お母さんの仕事だったエサ配りをプラスして、一日一人100円、と言う話だった。ぼくは喜んでOKした。なぜなら、夏休みはどうせ暇だし一ヶ月の小遣い2000円に対して3400円もお金が入ることになるからだ。
 しかし、そんなに甘くはなかった。朝は8時にたたき起こされ、お母さんがいないので朝食の用意までしなくてはいけない。おまけに今まで2000円だった小遣いが、こんど手伝い料が入るというので1000円に減らされてしまった。もう一つおまけに、二郎は塾に行くというわけで、ほとんど仕事をしない。今日などは、びしょぬれになって仕事をして帰ってみると、二郎がラーメンをすすりながらテレビを見ていた。こんな不公平な話はない
 そこで、今夜、お母さんに手伝い料を一日150円に値上げしてもらおうと思う。

    おばあちゃんの退院     (一郎・中学3年)

 ようやくおばあちゃんが退院した。今までお母さんが病院にいくので、ぼくは牛舎の仕事をやったり、おばあちゃんが手術する日は病院にいって何時間も待ったりと、いろいろ大変だった。
 しかし、一番大変だったのは、おじいちゃんだったろう。朝おきても誰もお茶を入れてくれず、誰も話し相手がいない。平日の昼など、さぞかし暇をもてあましていたことだろう。そのせいか、いつもイライラし、ぼくたちはよく怒られていたが。また、一番つらかったのもおじいちゃんだろう。
おばあちゃんが入院してからおじいちゃんはタバコをすっぱりやめたのだ。普段ぼくが何度も「タバコは体に悪いからやめろ」といっているのに「悪くなるのは俺だから、別にいいだろう」と必ず言い返していたおじいちゃんだった。それが、タバコをやめたのだ。タバコをやめるのはかなりきついと聞くのに。「おじいちゃんはおばあちゃんを愛しているんだなぁ」とぼくは思った。
それにしても病気が治ってよかった。あすは寿司パーティだ!

    味噌汁      (二郎・中学二年)

 今日は母ちゃんがいなかったので、晩御飯は簡単なもので済ませた。そうしたら、弟の三郎が味噌汁を作ったのだ。「ぼく、味噌汁作れるんだ」と。
 そういって作った三郎の味噌汁は、具がなかった。「うまい」と三郎は言ったが、一郎兄貴は「まずい、食えたもんじゃねぇ」と文句を言って、けんかになった。ぼくはその場で「まあまだな」と言ったが、あんなものまずいに決まっている。しかもうすい。しかし、一生懸命作ったものに「まずい」はひどい。
 人間多少は気を使って生きていくべきだとぼくは思う。

*この兄弟の家は清瀬でも数少ない酪農農家だ。30頭近い牛を飼っている。

 ほかの子どもたちの作文を紹介する。

    アオダイショウ、大暴走      (5年生)

 今日朝早く父と兄とぼくで金山緑地公園に行った。着いてから少し寝転がっていたら、木の周りにおじさんがいたので、ぼくも行ってみた。木を見ると木の上にアオダイショウがいた。アオダイショウは結構大きかった。さっそく僕は兄を呼んだ。
 タモを持って捕まえようとした。だけどヘビは木の上をすいすい移動した。
 5分ぐらいたったときヘビは疲れたのか止まった。ぼくと兄はそのチャンスをねらってそのアオダイショウを捕まえた。ぼくは父のところへ持っていこうとしたけれど、体が大きいので持ち運べない。兄にもてつだってもらった。
 運ぼうとするとアオダイショウが暴れる。父のところまでやっと運んで、袋の中に入れた。けれどすぐ出てくる。アオダイショウの暴走は止まらなかった。捕まえようとするとかみついてくるのでそのままにらんでいた。その瞬間、アオダイショウは草むらに逃げ出した。兄がしっぽの先をつかんだけれどおとなしくならない。そこへおじさんが来てアオダイショウを草むらからだしてくれた。
 それからぼくらはアオダイショウを水の中に逃がして、泳ぐのを見た。
 やっとアオダイショウの大暴走が終わった。

    ぼくの家の魚たち      (5年生)

 ぼくの家では魚を飼っている。メダカ9ひき、カワバタコロモ3ビキ、フナ1匹だ。当然エサもいっぱいいる。だから金山緑地公園からアカ虫を捕ってくる。
アカ虫40匹を全部水そうに入れた。するとまずメダカが食べ、とりのがしたのをカワバタコロモが食べる。ソシテあまったのが下へ落ちてくるとフナが全部食べる。だから、あまることは当然ない。
 毎日三回はエサをやらなければならないから、大変だ。でも魚がエサを食べる瞬間がおもしろい。

    レコード        (中学二年)

 最近は、CDと言う、実に便利なものが出来ている。レコードよりも小さく、多くの音が入り、しかも音がいいというものだ。
 ぼくはある意味ではオーデオマニア。でもCDは、とか、デジタルレコードは、アナログは、などと言うことをぐだぐだ言うつもりはない。レコードが300枚以上あり、カートリッジが20個以上ある一般の家は少ないだろう。そこら辺の電気屋にもそうはないはずだ。ぼくの家にはそれがある。
 それは買ったものもあれば、粗大ゴミ置き場から拾ってきたものもある。
 あちこちにある粗大ゴミ置き場。そこには見るからに使えそうなレコードやプレヤーがたくさん捨ててある。普通の人は見向きもしないだろう。しかし、そこへぼくは出かけていくというわけだ。
古い自転車に乗って、前には黒い大きなカゴ、後ろにも白い大きな大きなカゴ。頭は蜂の巣のような、ねぐせのひどい髪。服は毎日着ていそうな汚い服、足は素足で夏も冬もサンダル。顔はそこそこ黄色人種のような色で、眉毛が薄い。両手は油汚れのひどい軍手をして、右手にはモンキーペンチ、左手にはスパナを持つ。それがぼくの姿だ。ぼくは毎日粗大ゴミをあさる。レコードだろうとオープンデッキだろうと、Lカセットデッキだろうと、使えるものは使えるのだ。
 最近の人は新しいものに頼りすぎる。金持ちだから?これが出たから買おう。ハイ、一万円。・・・とすぐ金が出てしまう。これはいけない、すぐやめろ!ぼくの家なんか、貧乏と言うんじゃないが赤字で、買うことなんてとてもとても・・・手が出ない。そんなわけで、古いものももったいなく、捨てることが出来ないのだ。
 拾ってきたものを修理し、掃除も終わり接続して、そのステレオでぼくはのんびり音楽を聴いている。

  家族とのかかわりの中で

    お父さん      (6年生)

 最近の女の子は、おとうさんにむかって「おやじ」とか「クソおやじ」とか言って嫌うらしい。と、お父さんがボソッと言った。そして、疑わしい目つきで私のほうを見た。
「私はそんなこと言わないよ」と言うと「まあね」そういって、すたすた行ってしまった。
 私はお父さんの言ったことについて考えてみた。確かに前よりお父さんに反抗することが多くなった。お父さんに怒られたときは、この野郎なんて思ったりするけれど、しゃべったり、ふざけたりするときは楽しい、そう思う。悲しかったり怒ったりしているときもいつでも話を聞いてくれるのはお父さんだった。ここまで立派に育ててくれたのもお父さんだ。私の一番の親友はお父さんだ。お父さん、これからも仲良く「悪ガキ大将」いっしょにやろうな。

    家を飛び出して     (6年生)

 この間、私の態度のことでお父さんと親子げんかになってしまって、家を飛び出した。「絶対帰らない」と思って出てきたのだが、歩いているうちに
どんどん涙が出てきてとまらなかった。
 全然さびしくない、悲しくない・・・と無理に強がった私は、落ち着く場所を探した。でも見つからなかった。それもそのはず、私が一番落ち着く場所は、家族がいる家なのだから。
 しばらくして、妹が探しに来た。どうやら親に頼まれたらしい。私は結局三十分もしないうちに帰った。
「何だ、もう帰って来たのか」とお父さんは笑っていた。もちろん私は謝った。でもお父さんは、私がセブンイレブンで暇つぶししていたのだと思っていたらしい。
 やっぱり、こんなに早く帰ったのは間違いだったかな。でも、もう家出なんかしたくない。大好きな家族と会えないのは、こんなにさびしいのだから。
 ニュースや新聞で、親をなくした子どもの記事をみて「かわいそう」しか思わないが、こんな大好きな家族を失うなんて私には考えられない。もっと人の気持ちを考えられるようになるべきだな、私は。

    お父さんと私     (6年生)

 六年生になって、体のことを意識するようになった私。お父さんとお風呂にも入らなくなった。成長しているのだろうか。お父さんは、ちゃんと私が意識していることを知っているから、お風呂上りに洗面所に入るときは、ノックするか一声かけてから開ける。
 お父さんから遠ざかるような気がするけれど、休みの日はいやになるほど一緒に遊ぶ。平日はあわないし、私がいやがる。大好きなお父さんなのに、なぜかいやがる。私にはそれがなぜかよくわからない。時々悩むこともあるけれど、でもやっぱりわからない。
私が意識しすぎるのだろうか。
 クラスの人に聞いてみると、私以上に意識している人がほとんどだ。私だけが意識しすぎているのではないということはわかった。
 お父さんと遠ざかっていくような私。遠ざかりたくないけれど、遠ざかってしまう。どう解釈したらいいのか・・・私には、見当もつかない。

    お母さんのおしり   (5年生)

 お母さんのパンツはぶよぶよだ。でもなぜかパンツはお母さんのおしりにぴったり入るのだ。なぜだろう、と私は考えた。
 「あっ、そうだ。お母さんのおしりがでかいからだ」
と私は思った。
 世の中には、おしりの小さい人と大きい人がいる。私は、当然のことだが小さいおしりのほうが好きだ。お母さんのおしりはあまり好きじゃない。お母さんがどんな洋服を着てもやはりおしりが目立つ。
 私は思った。「私もいずれお母さんのような、あのおしりになってしまうのだろうか?」そう思うと、頭がぐらぐらしてくる。
 でも、私はお母さんが大好きだ。いずれ、私がお母さんのおしりをちいさくするダイエットを教えてあげようと思う。

 おじいちゃんの庭    (中学2年)

 スミレにラベンダーに、ホタルブクルにサツキ。たくさんの花が、おじいちゃんの家の庭で顔をそろえるこの季節。
 私はおじいちゃんの庭に咲く花を観るのが好きだ。おじいちゃんの咲かせる花の色は実にいい。私の家にも同じ花が咲いたのに、花の色が全然違う。不思議と、おじいちゃんの花は、太陽に映える明るい色になる。きっと、一日中面倒を見ているおじいちゃんの愛情の色なんだ。
「これ、何の花?」
「ナデシコだよ」
おじいちゃんは、ぶっきらぼうに答えた後、決まってその花の説明をしてくれる。
「へえ」
おじいちゃんが真剣に話すので思わず、いつもこんな返事しか出来ない。その後、私は決まって、
「きれいだね」
と言う。するとおじいちゃんは、うれしそうに、
「そうだろう」
と言う。

     お母さんの家事放棄宣言     (中学2年)

 家のお母さんは、アニメーターだ。仕事が長引いて、夜八時、九時なんていう日がほとんどだ。そのお母さんが、いきなり、
「毎月、第四日曜日は家事をしない!」
と宣言した。
「何で?」
と聞くと、
「家の男ども(父と兄)は何もしないから・・・お母さんだって疲れているんだ!」
 確かに納得。家事放棄なんて言い出したのもわかる気がする。
 それで、毎週第四日曜日は、父と私で御飯を作ることになった。疲れているお母さんのためにも、私がしっかりしなければいけない。

 最後の作文         (中学2年)

これまで続けてきた「作文」という授業についに別れを告げるときが来た。
 これがおそらく先生に読んでいただく最後の作文になるだろう。
 まず、今回『文章教室』(作文)をやめるという理由は「勉強しなくてはいけない」ということだが、本人がそう思ったわけではない。親からの圧力である。
中2になってから、親は機嫌が悪くなるたびに(か、どうかわからないが)「文章教室をやめろ」とか、「成績が落ちても知らないぞ」とか言って、ぼくは脅され続けていた。それでも、今までどうにか我慢してきたが、ぼくの高校志望校を親に漏らしてしまったため、「それは猛烈に勉強しないと受からない」とか「今のままでは絶対に受からない」などといって、二言目には「文章教室をやめてほかの教科を取るか、土筆塾をやめてほかの塾に移るか、どっちかにしろ」と念仏のように繰り返したのだ。それでもまだ我慢してきたが、冬休み、年末年始にためこんだストレスが爆発し、異常なまでの圧力をかけてきた。
 ぼくは「中三になってから、数学をやる」と言ったのだが、親は「中二の三学期からやれ、ほかの子だってみんなやっているんだ」と繰り返し、とうとうこっちが折れざるを得なくなってしまったのだ。
 親の心配する気持ちはわからなくはないのだが、ぼくの顔を見るたびに顔をしかめて「勉強しろ」だの「教科(受講している)を変えろ」だの言われたら、どんな我慢強い人だって嫌になってしまうだろう。親は、結果として子を信じなかったのだ。
しかし、この一件で、ぼくは10のうち4ぐらいしか親は悪くないと思う。
 では誰が悪いのだろうか?それは今の世の中と言うものが悪いのだ。と、ぼくは思う。今のように親が目の色を変えて「勉強しろ」と叫ばなければならない状況になってしまったからだ。つまり、「勉強しろ」と叫んでいるのは親ではなく、親は単なる受信機なのだ。「世の中」と言うものから送られてくる電波を受けて「勉強しろ」といっているだけなのだ。しかも、「世の中」と言うのは絶対の存在だ。それに逆らうことは非常に難しい。逆らおうとすれば「世の中」の周囲の人々に「変わり者」とか「変人」などと呼ばれ、圧力をかけられ、それに同情する人まで「変わり者」になってしまう。こうなると、よっぽど意志が強くない限り、それをやめてしまう。
 その「世の中」が、誤った方向へ進むと戦争などが始まってしまったり、人が死ぬことを当たり前と思ったり、それをいいことだと思ったりする。
 ではその「世の中」を操っているのは誰か。日本の場合は、いわゆる『政界のドン』と呼ばれたりする人が中心の、「国会」と言うところだ。ところが、その国会の人々も汚職をしたりして、特に『偉い人』ほど金をたくさんもらったりしている。このままでは「国会」は日本の世の中を巻き込んで、腐ってしまうかもしれない。そんな世の中だから、親までがこんなになってしまう、ひどい状況になってしまったのではないだろうか。
 今の日本の「世の中」は、金がすべてだ。金をもらうために一生懸命になって働いたり、人のものを盗んだり、人を殺したりする。儲かるためには多少の犠牲はやむをえない、そういう「世の中」になってしまったのだ。だからぼくみたいな子どもが必死で勉強させられるのも、文部省や、学校や学習塾の陰謀なのかもしれない。その証拠か、今は「月謝の高い塾ほどいい塾だ」などといわれることが多くなるのだ。
 そんな中で土筆塾は真のいい塾だとぼくは思う。塾は土筆のように『人間塾』、つまり、それぞれの個性が生きる塾であってほしい。そして世の中も「人間が生きている」世の中になればいいと思う。
 まあ、こういうことでぼくは「文章教室」をやめて数学をやることになった。これまでいろいろな、変な文章や、バカな文章を読んでいただきどうもありがとうございました。これからも趣味と言う形で文章を書き続けていこうと思います。ほんとうにありがとうございました。

 
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by tsukushi--juku | 2007-06-22 08:06