土筆塾主宰・土屋春雄のブログ

日本会議と安倍政治
 
           日本会議、怖い!

 最近、朝日新聞が「日本会議研究」の記事を3回にわたって、報道した。日本会議は「美しい日本の憲法をつくる国民の会」を主導し、国会、地方議会に影響力を広げる一方、憲法改正を掲げて1000万署名なる運動を進めている。
 日本会議は「現在の憲法は『占領憲法』だ」として前文に伝統文化を書きこむこと、天皇を元首とすることなど、かつて戦争が侵略戦争であったことを否定し、自存・自衛の戦争だったと賛美する日本最大の右翼勢力だ。日本会議は国会に大きな影響力を持つ。『日本会議国会議員懇談会』があり2015年9月現在、281名の会員を持つ。うち256名が自民党議員、閣僚では4分の3がメンバーだ。安倍政権の憲法改正を強力に後押しし、自民党の「憲法改正案」の中身を強力にバックアップしている。戦争放棄を掲げた現行憲法9条を全面改定し。自衛隊を国防軍にし、緊急事態条項を加えて権力を安倍政権に集中、「有事」を口実に国家総動員体制をもくろむ。日本会議は強力なバックボーンだ。
 地方議会でも「憲法改正の早期実現を求める意見書」の採択を推し進める。すでに33都道府県議会、70%の地方議会で、意見書が採択されていると言う。「地方議会の議決を重ねることで、憲法改正の機運を高め、国会議員に対して発議を迫る。」彼らの作戦だ。
 安倍政権の狙う憲法改正の真意は、憲法前文の平和主義と9条。あれこれの部分ではない。
 安保保法制を強行して、憲法を踏みにじり、いよいよ明文改憲に踏み込んできた。戦争する国に向かっての大暴走と言わなければならない。もはや「前兆」などと言う段階ではない。
 7月の参議院選挙(衆参同時選挙になるかもしれない)は、天下分け目の大決戦と言っていい。
 「どうせ決まってしまうんだろう、なるようにしかならない。」「政治のことは難しくて分からない」「生活に追われて選挙どころではない」「自分の一票が役に立つとは思わない。」「関係ないよ」などなど、さまざまな声を聞く。そうして投票率は50%そこそこと言うことになるのだろうか。
 新聞などのアンケート調査を見ても、安倍政権の個々の政策、たとえば消費税10%への引き上げ、格差の拡大、子どもの貧困、最近クローズアップされている保育所に入れない人達の切実な声、沖縄、原発、高額な学費。どれ一つとっても安倍政権の政策を支持できない人の方が多い。それならば安倍政治には退場してもらうしかない。私たちの生活も日本の未来も政治によって決まる。関係ないでは済まされないことなのだ。政治はなるようにしかならない、ではない。間違いなく変えることができるし、変えなければならないのだ。
 新年度の出発に当たって一言書いておきたい。
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# by tsukushi--juku | 2016-04-04 21:31 | Comments(0)
ひるむな!
             ひるむな高校生、
                   委縮するな先生!

 安倍政権文部科学省が、18歳選挙権実施を前にして、高校生の学校内外での政治活動を、禁止したり制限したりすることを容認する通知を出した。さらに、それを校則で定めることも容認した。憲法で保障された政治的権利を侵害し、主権者教育を抑圧するこの通知は早速現実のものとして現れた。
 愛媛県立全高校で、政治活動届け出を校則化した。「選挙運動や、政治活動への参加」を一週間前に届け出ると言うのだ。届け出なければ、校則違反として罰則を含むさまざまな不利益がついて回ることになるだろう。選挙権を認めながら、何たることか。しかもある校長は「職員会議で導入を決めた」という。許せないことだがこうした傾向は、さらに広がって行くだろう。
 今、「ティーンズ・ソウル」など高校生・若者の中に、安保法制廃止や脱原発の運動は大きく広がっている。憲法に保障された自らの政治的権利、主権者としての主張を掲げて、堂々と歩もう。先生たちよ、委縮してはならない。「教え子を再び戦場に送らない」。戦後教育の出発点を胸に、子どもたちの未来を担って、主権者教育を凍らせてはならない。
       ひるむな 高校生、        
            委縮するな 先生!
                               2016年3月20日            
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# by tsukushi--juku | 2016-03-23 10:54 | Comments(0)
ありがとう土筆塾
             ありがとう土筆塾
                             6年 N・M
 私は、3年間習っていた土筆塾を辞めることになった。理由は、中学生になるからだ。この3年間、土筆塾ではいろいろなことがあった。一つ目は、4年生の時に塾の時間を間違えて、1時間も前に着いてしまったこと。二つ目はノートを忘れたり、筆箱(ペンケース)を忘れてしまったりしたことなどだ。
 塾に行きたくないと思ったことは一回もない。なぜなら、先生の教え方が上手で、わからないことがあると、すぐ教えてくれることと、先生の笑顔が見られるからだ。だからとても楽しかった。
 塾の勉強が終わり、少し時間が空くと、先生と楽しいゲームをした。それは「ぼうずめくり」とか「UNO」とか、「回りしょうぎ」などだ。「回りしょうぎ」は今のところ私の14勝11敗で、私が勝っているが、やめてしまうともう戦うことはできない。
 「卓球」をしたこともあった。卓球台を出さないで塾で使っている机を並べてやった。先生は卓球のコーチをしているのですごく卓球が上手だ。時々球がいきなり曲がったりすることもあるので怖いほどです。
 私はこのようにして3年間通いました。すごくお世話になったので、ずっとずっと忘れません。これからも土筆塾を続けて行ってください。
 先生のこと、大好きです。

 *Mさんの家は遠い。自転車で来たり、バスできたり、時には母親の車できたりしていた。小学生の時間帯はそれほど遅くないから通塾に心配することもなかった。中学生になると部活の関係などで、塾の時間帯は遅くなる。もちろん帰りは真っ暗だ。
 そんなこともあって塾をやめることになったのだろう。中学になったら、部活は「バレー部」に入るそうだ。もうぼくよりもはるかに背が高くなっているから、バレー部向きだろう。3年間よく通ってくれた。塾には百花の足跡はいっぱいある。また困ったことがあったらいつでもおいで。
 親の意向での退塾と違って、こうした退塾は実に気持ちがいい。

 
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# by tsukushi--juku | 2016-03-09 22:27 | Comments(0)
残念なことです
                 残念なことです

 土筆通信にも書いたように新年年明け、作文を受講していたSくんが退塾した。ご両親の政治的見解、立場が私と違うこと、つまり土筆塾が発信する政治的問題での立場と異なること、また、子どもに政治的影響を受けさせたくないと言うのが理由のようだった。
 今年に入って佐々木友子さんの発案で、土筆通信に掲載された子どもたちの作文を中心に、本を出版しようと言うことになった。S君は約2年間土筆塾の作文を受講し、沢山の作文を書き、土筆通信に掲載してきたので、ぜひ採用したいと思ってご両親あてに、次のようなお願いの手紙を書いた。
 
 まだ寒い日が続きます。インフルエンザが流行っているようですが、皆さんお元気ですか。
 さて今年に入って、64歳の塾生、佐々木友子さんの発案で、土筆通信に掲載した子どもたちの作文を中心に本を出版(自主出版)しようと言うことになりました。佐々木さんのエッセーと僕のエッセー他、若干の政治的発信も加えた本と言うことになります。土筆通信に掲載した作文と言うことになれば当然、S君の作文も含むことになりますがご了承いただけますか。
 2年間弱の土筆塾生でしたが、その間のS君の記録は土筆通信の中に多くあり、本の中にもとどめたいと思っています。ご家族で御相談の上、お返事いただけたら嬉しいです。もしご了承いただけないようであれば、残念ですがS君の作文は掲載せず出版ということになります。お返事をお待ちしています。
 まだ仮題ですが本の構想を同封しておきます。

   2016年2月24日        土筆塾  土屋春雄

  4日後、お返事をいただいた。

 2月24日付のお手紙にてご依頼のありました、息子の作文を出版物へ掲載するかどうかの確認の件に付いてですが、先日、土筆塾退塾の際にお話しさせていただいた通り、実名だけでなくイニシャルなどのどのような形であっても、掲載をお断りさせていただきます。せっかくの出版企画にもかかわらず、ご意向に沿えない返事となることをなにとぞお許しください。どうぞよろしくお願いします。

 というものであった。残念なことだがご両親の意向に沿わざるをえない。
 ただ、少し私見を言わせていただくことをお許し願いたい。

S君が土筆塾の作文を受講するようになったのは26年4月10日。入塾に当たっての塾への希望欄には「「昆虫、鳥が大好きでよく知っています。塾では自分の意思や意見を作文で表現できるようになってほしいと思っています」とあった。入塾以来、S君は、好きな昆虫や鳥のことはもちろん、塾での遊び〈えの実鉄砲、ベーゴマ、パチンコ作りなど)や土筆塾の年中行事である「あてのない遠足」、秋の「ムーミンの家」への遠足を初めたくさんの経験をし、沢山の作文を書いた。昆虫・野鳥に関する作文では土筆通信読者にも評価され、励ましを受けながらたくさん書いた。私も彼の作文を評価し、可能な限り援助し励ましても来た。
今回いただいたお手紙では、こうした土筆塾で書き続けて、土筆通信に掲載してきた彼の作文はすべて「ボツ」になり、さらには土筆塾そのものと関わりがすべて、消し去られてしまったということにならないだろうか?
土筆塾38年の歴史の中で、こうした断絶は初めてであり、それだけに残念でならない。
 人がどのような思想をもち、どのような政治的見解を持とうとそれは自由であり、否定されることではない。またどのような教育観、子育て観を持とうと、相互に批判しあうと言うことはあっても、干渉される筋合いのものでもない。ただ4年生ともなれば、どこで学びたいのか、自分の作文が本に採用されることを望むか望まないか、それなりの判断はできるし、希望もあるだろう。S君は新年の私への年賀状で、「今年もよろしくお願いします」と書いている。親が親の政治的信条・立場で、決めてしまうことが子どもにとって良いことと言えるだろうか。
 S君が土筆塾で書き続け、土筆通信に掲載した作文は、土筆塾の作文教育の中で生み出されたものであり、他の、どこにも転用することはできないものだ。そうなれば、陽を見ることがないままに終わってしまうことにもなる。S君が一生懸命書き続けた優れた作文であっただけに、残念でならない。
 
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# by tsukushi--juku | 2016-03-08 09:08 | Comments(0)
26年前の卒業生
             26年前の卒業生が来てくれた

 土筆通信はずっと送っているが来てくれたのは20年ぶりになるだろうか。41歳になると言う。20代前半で自動車教習所の指導員になり、現在は同教習所の教官。実技を含めて全般を教える。
 彼が塾生だったころとは、塾の周辺は全く変わってしまったが教室の雰囲気は変わっていない。彼は教室中を見まわしながらしきりに懐かしがった。塾で学んだことでは作文、文章教室が一番心に残っているし役立っていると彼は言う。彼の在塾していた時が塾生は一番多かった。この学年は5中、清瀬中、新座6中と学校もいくつかにまたがっていたが26名もいて、2つのクラスに分けてはいたがそれでも教室はいっぱいだった。このクラスの子どもたちは、土筆通信にも、私の本にも何回も登場した子どもたちで、塾とのつながりも最も多い。何せ、小学3・4年生から中3まで過ごした子が最も多かったからだ。中でも訪ねて来てくれたY君の想い出は多い。それこそ本が1冊書けるほどある。拙著の中からさわりの部分をいくつか紹介しよう。

 Y君(拙著の中では本名で登場する)との愉快な出会い
 
 「…Y君との出会いは実に愉快だ。彼の遊び仲間だったS君をはじめ何人かの子ども達9が3年生の時から塾に入っていて、この子どもたちが家の近くの空き地に古材を使って基地を作ったという。日曜日のある日、わらしはその基地を見学に出かけた。その折、Y君に出会ったのだ。Y君はその時のことを作文に書いている。
 「…変なおじさんが、ぼくたちの基地に来た.みんなが、先生と呼んでいる。えっ?このおじさんが先生か?」
この出会いがきっかけだった。間もなく彼は土筆塾に入ってきた。と言っても、彼の言葉を借りれば勉強がしたかったわけではないらしい。「おじさんが気に行った」誌、何よりもS君達から聞く塾での遊びが魅力的だったようだ。初めの頃は授業をよくサボった。(中略)このY君が変わり始めたのは5年生になったころだ。新年の最初の作文で、彼はこう書いた。
 今年こそ/土筆塾を一度も休まないぞ/今年こそ人にしんらいされる人間になるぞ/僕の心はそれだけでいっぱいです。(『学び創り遊ぶ』より)

 「Y君は中学三年の二学期、まわりが受験一色になり、子どもと親、教師の三者面談が行われ、受験する学校が振り分けられる頃、一時少し荒れた。三者面談でどんなことがあったか彼は語らなかったが、私はおよそ察しがついた。ある日、彼は私の授業の折、授業に全く集中せずおしゃべりを繰り返し、座っていた席の後ろの羽目板をわざとらしくたたいた。授業妨害ともとれる行為だった。私は本気で怒鳴りつけた。初めてのことだった。
 「学校で何があったかは知らない。だが皆に迷惑をかけるようなことはするな。きみとは長い付き合いだ。おれがどんなことを許さない人間か分かっているだろう。よくないことは良くないのだ。いうことが聞けないと言うなら外へ出ろ!」
 教室はシーンとなった。彼は黙って席を立って外へ出て行った。私は彼が決して土筆塾から離れて行かないと言う自信があった。それだけの関係をつくってきたという自信だ。だから気にはなったがそのまま授業を続けた。授業が終わるとY君は黙って教室に入ってきた。外で待っていたようだ。彼は「ごめんなさい」と言った。私は嬉しかった。
 彼を怒鳴りつけたのは後にも先にもこの一回だけだった。私はそのまま彼を受け入れた。
 
 土筆通信が300号を迎えた時だった。彼は高校3年生の頃だったろうか。こんなメッセージを送ってくれた。
「俺は今までの人生の半分近く土筆塾にいたわけだけど、最近は基地を作って遊ぶ子や竹鉄砲、パチンコなどで遊ぶ子も見なくなってきて残念だが、土筆だけは昔と変わらないし、変わってほしくない。
 帰りたい/帰れない/少年と呼ばれた日々に/戻りたい/戻れない/はざまで叫ぶ俺がいる/そろそろ時代が動いてきた/危機感を感じ始めている/たとえ川の水が上から下へしか流れて行かないとしても/ただ黙って眺めているだけが我々の使命ではないはずだ/土屋先生、あなたに会えてよかった 
(『生きる力と優しさと』より)

 この学年は、高校卒業後も、同期会と称して何回か塾に集まった。この同期会の世話役は、だれが決めたわけでもなかったがY君だった。実に面倒見にいい、心やさしい青年になっていた。同期会が深夜に及んだときなどは、女の子も含めて一人一人を愛車で家まで送り届けた。
 昨年、中国上海在住のI君が、中国人の愛妻と幼い子どもを連れて訪ねてくれたが彼もこの学年の仲間だったし、今も土筆通信を読んでくれている獣医師として動物病院で働く双子の母親H子さんも、民医連の病院で働くY子さんも、同じく土筆通信読者のN子さんも、私の義母がショートスティでお世話になっている、特別養護老人ホームの大黒柱になっているS君も、みんなこの学年の仲間だ。まだまだ年賀状のやり取りなどでつながっている子は何人もいる。
 かつての仲間たちを話題に、私が卓球コーチで出かける時間ぎりぎりまで話は弾んだ。帰りぎわ、Y君は言った。「みんな離れ離れだし、仕事も持っているから難しいけれど、今度集まる機会を考えるよ。別なところでもいいけれどやっぱりこの教室がいいな」。
ちなみに、彼は私が土筆通信と一緒に同封しておいた「戦争法廃止2000万」署名用紙を、びっしりと書き込んでもってきてくれた。拙著『命ある限り、この一筋の道を』を3冊、そして沢山のカンパもいただいた。

 これらの子どもたちは塾の財産であり、私のかけがえのない財産でもある。
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# by tsukushi--juku | 2016-01-16 12:09 | Comments(0)
迎春
       迎春
  昨年は、安倍自・公政権の暴走に怒りが広がった一年だった。
  怒りは、あきらめや無関心を追い出す、
  正義と、未来への希望と、若さの証。

  今年は、未来を見据えた歴史の大転換の年にしなければならない。
  戦争法も、原発も、沖縄基地の拡張も、消費税10%もごめんだ。
  すべての面での生活破壊と格差の拡大、戦前回帰は許せない。

  若者たちに期待しよう。
  若いママたちに期待しよう。
  老若男女、日本のすべての良心に期待しよう。
  
  戦いは毎日。
  怒りを七月の参議院選挙につなげよう。
  小異を捨てて大同につく、連合政府樹立へ。

  それが子どもたちへの大人の責任。

                     『子どもの未来と憲法を考える会』
                        清瀬市中清戸三―二五一 土屋春雄
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# by tsukushi--juku | 2015-12-31 22:45 | Comments(0)
心の財産が増えていく
            心の財産が増えていく

 先日、卓球仲間のIさんの個展を観に、郷土資料館に行った。Iさんは拙著『生きている限り、この一筋の道を』の表紙絵を描いてくださった方。絵を観賞した後しばらく談笑したが、その折出会った方から長文のお手紙をいただいた。実は拙著『命ある限り、この一筋の道を』を読んでくださると言うので送ったのだが、お手紙はその感想を含めてのものだった。勝手だが、掲載させていただくことをお許しいただこう。
 
 年の瀬を迎え、どことなく背中を押される思いがいたします。
Iさんの個展でお目にかかり、短い時間ではありましたが楽しいお話を聞かせていただきました。
 先日土屋さまのすばらしいご本が届きました。本当に有難うございました。私、もう、四度よみました。
 一度目は、なにがかかれているのかな
 二度目は、土屋さまってどんな人かな
 三度目は、えっ、こんな本、こんな人はじめてだ!
 四度目は、凄い!激震
 嘘ではありません。人生観が変わりました。読めば読むほど、文章がエネルギーを放ち、迫ってくるのです。体を張って正面からぶつかってくるのです。これでもか、これでもかと…。何度でも読みたくなるのです。この凄さって何だろう…。分かりました。ごまかしと言い訳がどこにもないのです。まえがきからあとがきまで、一言一句丁寧に読ませて頂きました。これから先も、何度でも繰り返し読むと思います。困った時、悩んだ時、必ず手に取る書籍となりました。澄みきった心と、温もりと、真実があるからです。
 年代は違いますが私は市ヶ谷の学校へ行っていました。そして四畳半の城は、高円寺のちに幡ヶ谷に移りましたが、青春の思い出が重なり合うように甦ってきました。
 今では、このご本があちこちに印(丸、星、レ点…)やらラインが引かれ、ペタペタと付箋が貼られ、私の人生の参考書になってしまいました。(汚してしまってごめんなさい)P41「他者を除いた自分だけの世界はなかった。自分の幸せは常に他者の幸せであった。」P89「僕の一日」より「他人のこと、自分のこと、そんな区別はありはしない――」どうしてこんなにもヒューマニストなんでしょう。雨の中人がさしている傘を奪うような世の中なのに、あぁ、いったい私は何を求め、何を信じ、何を幸せと思ってきたのでしょう。愕然とします。
 忘れてしまったあのことも、このことも、昔はそうだったな~と、ありきたりな幸せを装って生活している。心の奥に、赤茶けた古新聞のようにたたみこまれた心の襞をもう一度開いてみるのもいいのかもしれない。辛いけどね。
 土屋さまの「入党記念日に」の詩は最高に素晴らしく、(もちろん感動的な詩は沢山あります)思いました。土屋さまってどんな人?この詩を読めばすべてわかる気が致します。
『この一筋の道…』と出会えて、心から感謝しています。ありがとうございました。この頃、仮面をかぶって生きている自分がいてうんざりです。どこか逃げ腰になっています。
 くれぐれもお体を大切になさってください。」

 身に余る感想をいただいた。
 拙い本がまた一つの出会いをくれた。心の財産になった。

 もう一通。拙著『…この一筋の道を』を送ってほしいと、昔小学生だった塾生のお母さんから電話があって、本を送っていたが、本代と共に、手紙が届いた。

 うーん、昔の話、共感!まずしかったですよね。
 うーん、先生はすごいですネ。
     そこまで強くなれるのは
     信じる力、でしょう。
 今私は社協の相談員してます。わけのわからない、やり場のないクレームに、仕事を続ける気持ちすらなえてしまいそう。でも少し元気になれそうです。先生のまねは無理ですが、もう少し続けてゆける気がしました。

とあった。細々と、金には恵まれない生活だが、心の財産は増えて行く。新たなエネルギーをいただいているわけだ。ありがとう。
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# by tsukushi--juku | 2015-12-21 09:41 | Comments(0)
ある日の会話
                      ある日の会話

A,新聞でもテレビでも「軽減税率」と言うことが花盛りだけれど、どういうことだね。
B,端的にいえば17年に消費税率を10%に引き上げる。今でさえ8%で消費の伸びは落ち込んでいるのに10%と言うことだと選挙が戦えない。そこで生鮮食品(外食をのぞいて)の税率を今のまま8%に据え置こうと言うものではないかな。
A,なぁんだ、生鮮食品には消費税がかからないのかと思ったら、10%に上がらないというだけかぁ。10%の「毒薬」を隠すオブラートみたいなものだね。
B,その通り。10%引き上げこそが問題なんだ。10%に賛成して「軽減税率」もないもんだ!どこかの政党は「成果を上げた」と叫びまくるだろうけれどね。
A,政府の言う10%に引き上げられない生鮮食品の2%分、減収と言うことになるけれど、その分どうするつもりなんだろう?
B.社会保障費を今以上にけずるとか、国の借金を増やすとか、これから手当を考える。つまり選挙後に先送りってとこかな。
A,国民から消費税でとりたてて、大企業は減税と言うこともやるらしいね。
B,そうだよ。大企業の税率を大幅に引き下げる。大企業は大儲け、ため込んだ金は300兆円を超えるそうだ。だから経団連は企業献金を各企業に呼び掛け、自民党への政治献金は大幅に膨らんだ。金で政治を買う、ってやつだな。
A,政党助成金も、もらっているだろ。二重取りだね。
ところで、防衛費は5兆円を超え最高だね。在日米軍への支払い(維持費)015年度分は過去最高、7278億円。「思いやり予算」も5年で9400億円に増えそうだね。
B,そうだよ、国民の税金を、おしみなくつぎ込んでいるよ。
A,年金も、支給年齢が引き上げられそうだし、TPPで農業は大打撃、食の安全は脅かされ…国民生活すべてのところで、踏んだり蹴ったりだ。これじゃ、国民の未来は大変なことになる。とりわけ青年や子どもたちの未来は真っ暗だ。ツケがみんなまわされる。日本は壊れて行くよ。
B,国民の不満はますます広がるね、そこに登場するのが戦争する国へかじを切った戦争法の存在さ。テロとの戦いとか、国際貢献、自衛隊の海外派兵、米軍への後方支援とかが入り込む。つまり国民の不満を外にそらす やり方だ。
A,そういえば、アメリカもそんなやり方だね。
B,問題がいっぱいあり過ぎて、素人の僕には手に負えない。結局のところ安倍自・公政冶はやめさせる。政権を交代するしかない。「野党は共闘して連合政府」と言うことかな。
A,来年7月の参議院選挙かぁ、長いな。
B,野党共闘、連合政府」の要は市民の自覚した運動の広がりだよ。他人ごとではない。
安倍政治の暴走は、時には忍び足で、時には強引に、アメをちらつかせながら、(沖縄辺野古基地建設がいい例だ)「外濠」をうずめ、ある日、突然牙をむき出して襲いかかる。そのときでは遅いんだ。「政治」への無批判、無関心は「共犯」だよな。
A,話は尽きないね。また機会があったら話そうよ。
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# by tsukushi--juku | 2015-12-15 08:12 | Comments(0)
私は国民学校一年生
                私は国民学校1年生

 昭和16年12月8日、日本が太平洋戦争に突入した時、私は国民学校1年生だった。
昨日、11月24日の新聞報道で、『国民学校1年生の会』が戦争法の廃止を求める声明を発表したことを知った。『国民学校1年生の会』が、作家の大江健三郎さんや、故作家の井上ひさしさんたちによって立ちあげられ、活動していることは、以前、やはり新聞報道で知っていた。「俺も国民学校1年生だったな」とその時思ったものだった。
 報道によれば声明では、戦争法を「違憲・違法」であるとし、オール日本の真に民主的な政府を実現して、日本国憲法の5原則を誠実に履行させると結んでいるようだ。
 私を含めて国民学校1年生は、戦時中、天皇制軍国主義の教育のもとで、天皇のために死ぬことを教えられて、小学生活の大半を過ごした。まさに暗黒の時代だった。
 だが同時に、私たちは戦後誕生したばかりの新制中学で、「あたらしい憲法のはなし」(文部省発行)を学んで育った世代でもあった。民主主義への最初の歩みを始めた世代だ。
「…そこでこんどの憲法では、日本の国が、けっして二度と戦争をしないように、二つのことをきめました。その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戦争をするためのものは、いっさいもたないということです。これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これを戦力の放棄といいます。「放棄」とは「すててしまう」ということです。しかし皆さんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの国よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。
もう一つは、よその国と争いごとがおこったとき、相手をまかして、じぶんのいいぶんをとおそうとしないということをきめたのです。おだやかにそうだんをして、きまりをつけようというのです。なぜならば、いくさをしかけることは、けっきょく、じぶんの国をほろぼすようなはめになるからです。また、戦争とまでゆかずとも、国の力で、相手をおどすようなことは、いっさいしないことにきめたのです。これを戦争の放棄というのです。そうしてよその国となかよくして、世界中の国が、よい友だちになってくれるようにすれば、日本の国は、さかえていけるのです。
 みなさん、あのおそろしい戦争が、二度と起こらないように、また戦争を二度とおこさないようにいたしましょう。」(「あたらしい憲法のはなし」18ページ)
こんな憲法は現実にあわない。だから改正しなければならない。と主張する人たちがいる。だが、こう主張する連中こそ、日本国法を実現させるための努力をないがしろにし、既成事実を次々と作りだし、憲法は現実にあわないと安保法制を強行し、日本を戦争する国にしてきた張本人たちではないか。
戦争と言わず、テロとの戦いと言わず、およそ軍事力による解決などあり得ない。アメリカに追従して沖縄だけでなく、日本本土にもまた戦力を展開することをもくろむ安倍政権への、抗議の声明と心するがいい。『国民学校1年生の会』の声明こそが真理だ。
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# by tsukushi--juku | 2015-11-25 21:18 | Comments(0)
軍事力の行使で平和はもたらされない
   軍事力の行使では、平和はもたらされない

フランス・パリで同時多発テロが起こった。テロはどのような理由があっても許せない。事件の詳しいことは報道に任せるが、フランスが近年中東アフリカで軍事介入を強めている。そのなかで起こったことは確かなようだ。
 軍事介入はテロを引き起こし、テロの拡大はさらなる軍事介入を引き起こす。これは今回だけではない。アメリカは14年8月にイラク北部で、翌年9月にはシリア領内で空爆を繰り返してきた。病院施設への空爆は、多くの病院関係者、患者を殺傷した。まだ、記憶に新しい。米軍主体の空爆はすでに8000回に及ぶという。大国の度重なる軍事介入、軍事力の行使はテロを一層拡大させてきた。軍事介入とテロ、その連鎖の中には平和はない。
軍事力を「抑止力」とする安倍政権の道は、決して平和につながる道ではない。安保法制=戦争法の先に平和はない。日本は、今こそ憲法の「平和主義」の旗を高く掲げるべきなのだ。

「…日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われら安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは全世界の国民が、ふとしく恐怖と欠乏から免れ平和の内に生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従うことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力を挙げてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う。」(憲法前文)

 現実的ではない、というかもしれない。だがこれこそが真理なのだ。日本が、世界が平和に生きて行く何よりの保障なのだと私は信じる。
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# by tsukushi--juku | 2015-11-20 22:21 | Comments(0)