土筆塾主宰・土屋春雄のブログ

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総選挙1300号で迎え撃つ
   1300号は歴史的決戦の中で迎えた

土筆通信が1300号を迎えた。折も折国会解散、総選挙ということになった。

総選挙1300号で迎え撃つ

 といきたいところだが、手作りのパチンコで巨象に立ち向かうようなもの。それでも意気高く臨もう。
 安倍内閣の19人の閣僚中15人が、かつての侵略戦争賛美、靖国派の歴史観に立つ『日本会議国会議員懇談会』メンバーという異常。(土筆通信1288号参照)そのもとで独裁的に進められる政治の実態。「特定秘密保護法」「集団的自衛権行使容認」などなど、海外で戦争をする国に向かっての大暴走。政治も経済も教育も文化もその地ならしが、きれいごとの言葉を操って着々と進められる。それが安倍自民党政治の本質だ。「公」の方は歯止めどころか、安倍政権暴走への「安全弁」みたいな存在だ。
 総選挙はこうした安倍自公政権への審判でなければならない。安倍政権への「幻想」は持たない方がよい。
 総選挙を前にすると、「野党」と称する政党の右往左往が始まる。解党だ、復党だとあっちにくっついたり、こっちにくっついたり、政策などはそっちのけ、当選しそうなところであればどこでもいい。
 自民党と言わず「野党」(ぶれない党もある)と言わず、票の集まるところ、当選できそうなところならどこでもいい。彼らは当選することだけが目的、議員という座の甘い汁が欲しいだけ、と言っても言い過ぎではあるまい。こんな中では、またまた不正な金が動くだろう。繰り返される「政治と金」、政策では戦えない、金に頼るしか身を守れない面々だ。
 と言って、あきらめても無関心になっても、政治は動く。「どうせなるようにしかならない」は自らの首を絞めるようなもの。どの政党が本物か、どの候補者が味方か、見極める目と心を持ちたいものだ。(土筆通信1301号の一部)
 
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by tsukushi--juku | 2014-11-21 21:32 | Comments(0)
土筆通信1300号
             土筆通信1300号

 土筆通信が1000号を迎えた時、私は『土筆塾30年と土筆通信1000号』という小冊子を発行した。今から7年前ということになる。7年間の間にさらに300号が積み上がったことになる。
 1000号を発行した折、私は次のように書いた。
 「今振り返ってみると、ここには間違いなく一つの歴史がある。それは子どもたちの日常と成長の歴史であり、親とこのささやかな塾が、ともに子どもたちの成長にかかわり続けてきた歴史であり、私自身の生きてきた歴史であり、さらにいえば我が家の歴史でもあると言っていいだろう。それぞれの時代の中で、子どもたちは何を感じ、何を考えてきたのか、それぞれの親は土筆塾とのかかわりの中で何を感じ、何を考えてきたのか、私自身は何を学び、何を発信し続けてきたのか…(中略)さらに土筆通信を軸にした人の輪の広がり、…そうしたことも加えていいだろう。
 今、「草の根民主主義」ということがいわれる。一人一人の心の中にしっかりと根付いた民主主義が求められているのだ。政治権力や政治体制の変化に振り回されて、体制に押し流される人間ではなく、自らの意志でことの良し悪しを判断し、大切な時には行動に立ちあがれる人達、いまそれが求められている…(後略)」と。
 その後の事態は、間違いなく一人一人にその課題を突き付けている。権力の暴走は子どもたちの上に、私たち一人一人の上に覆いかぶさり、その悪政は耐えがたいまでになりつつある。憲法9条を破壊する集団的自衛権の行使容認の閣議決定、秘密保護法の制定、原発再稼働、消費税の増税と、さらなる増税へのたくらみ。「アベノミクス」と称する経済政策は国民の中にますます格差を広げ、一部の大企業、大資産家たちのために庶民の生活を根こそぎ破壊しようとさえしている、などなど。
 土筆通信1000号以降、特にこの数年、土筆通信の中に私の政治的発信が増えた。それは権力の暴走への、私の「心の中の民主主義」を枯れさせてはならないという思い、権力への抵抗ということに他ならない。
 土筆通信1300号は、まだまだ終わりではない。未来に生きる子どもたちへの責任として、今後も発信を続けたい。
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by tsukushi--juku | 2014-11-21 21:27 | Comments(0)