土筆塾主宰・土屋春雄のブログ

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ある日の会話―政党助成金
  ある日の会話―政党交付金について

 「あなたの家は何人家族ですか。」
 「4人ですよ」
「それでは年間1000円を政党交付金(政党助成金)として、納めているということになりますね」
「どういうことですか?」
「お年寄りから赤ちゃんまで、一人250円のお金が、政党助成金として5人以上の議員を持つ政党に議員数と国政選挙での得票率に応じて交付されているんだ。先日の衆議員議員選挙の結果日本にはいくつ政党があると思いますか。自由民主党、民主党、日本維新の会、公明党、みんなの党、日本未来の党、共産党、社民党、国民新党、新党改革、新党きずな、たちあがれ日本、新党日本、新党大地。これだけの政党がありますね。日本共産党を除くこれらの政党に配分されるんだ。これらの政党を支持するか否かにかかわりなく私たちは一人250円をこれらの政党に拠出しているということになるわけ。日本共産党を除くと言ったのは、共産党はこうした制度を憲法違反とし、制度そのものを廃止することを要求して受け取りを拒否しているからです。支持してもいない政党の活動に国民の税金が配分されるというのは憲法の思想信条を無視した憲法違反というわけだ。」
「どのくらいの金額になるんですか?」
「1月20日の朝日新聞によれば、今年分の総額は320億1400万円、年4回に分けて交付される。政党別に試算すると、自民党は参議院と合わせて議員数が大きく躍進したから377人分145億9000万円。民主党は議員数を大きく減らしたから大幅に減って89億5800万円。以下ぞろぞろと誕生した政党を含めて金額を、列挙すると、日本維新の会27億2500万円、公明党25億6600万円、みんなの党17億9400万円、日本未来の党8億6500万円、社民党5億4200万円、国民新党2億4600万円、新党改革1億2500万円。(新党きずな、たちあがれ日本、新党日本、新党大地は、国会議員が5人未満のため交付資格を失った)ということになるようだ。」
*100万円未満を切り捨てているので計算が一致しない部分がある。
「驚いたね、まったくおかしな話ですね。ところでこうして配分された助成金は何のためにどう使われるんですか」
「それぞれの政党の政治活動のために使われる、ということになっているが、使用明細を報告しなくてもいいことになっているから、それぞれの議員の政治資金の中に組み込まれ、自由に使われるということもあるようだ。例えば自民党麻生副総理兼財務・金融相の例で、新聞で報道されたものについて言うと、彼の資金管理団体「素准(そわい)会」が政治資金を使って2009年から11年の3年間で約6000万円もの飲み食いをしていたということだ。銀座や六本木、赤坂などの高級クラブや料亭、会員制サロンなどで使われていたという。これも“政治活動”というわけだ。こうした例は新聞沙汰になるものだけでも結構ある。選挙中テレビなどのコマーシャルで政党宣伝がおこなわれるのも、政党助成金の一部だよ。
国民一人当たり250円を原資とする政党助成金の制度が導入されたのは「企業・団体献金」が世論の批判にさらされた折、それに代わるものということで強引に、多数によって作られた。したがって「企業・団体の政治献金の禁止」が前提の制度だった。ところがいつの間にか企業団体の政治献金は復活し、企業からも献金をもらい、政党助成金ももらうという『ぬれ手に粟』の二重取りというわけだ。」
「へぇ、あきれますね。自公政権も、前の民主党政権も、盛んに「国会議員も身を切る」とか「国家公務員の削減・給料の削減」など言っているけれど、政党助成金こそなくすべきではないですか!」
「その通りだね。身を切るのなら、まずこんな制度はやめるべきだ。そのほかにも国会議員の特権はいっぱいあるよ、例えば、JRや飛行機に無料で乗れる特権とか(毎年約13億円を支出しているよ)国会議員に支出される交通費や郵便代1人月100万円とか、国会の常任・特別委員長に支給される1日6000円の手当などだ。こうしたことこそ「身を切」らなければならないよね。」
「そんなこともあるんだ!しらなかったねぇ」

「本来政党というのはね、国民、市民としっかりと結びつき、自らの政策と活動を通して支持を得、国政の舞台で活動しなければならない。ぼくはね、先の衆議院選挙を前にして政党を選ぶ基準としてつぎのように書いたよ。

「全国の隅々に、党員と党組織を持ち、市民・住民と深く結び付きながら日常的に活動している党であるかどうか。また、労働、農業漁業、医療、子ども・教育、文化・芸術、学者・研究者・知識人などなど、各分野に党員と党組織を持ち、日常的に、系統的に活動している党であるかどうかということ。
自らの活動を通して自前で党財政を確保・確立している党であるかどうかということ、企業・団体からの政治献金(パーティ券などの事実上の政治献金を含む)や国民の税金をもとにした政党助成金頼みの政党では、本来の近代政党とはいえない」とね。
企業献金は企業・団体の利益を守るという見返りが付いて回るし、政党助成金は自らの努力をあいまいにし、税金で党運営をするという政党としての堕落を意味する、ということになるよね。
政治は一見、混沌としていて何が本物か見えないようだけれど、よく見れば決して分からないことはないよ。目先のことに目を奪われることなく、今こそ政治の「王道」を貫いている政党に目を向けるべきではないかな、ぼくはそう思っているよ。政治を動かす力は議員の数だけでは見えてこない。「原発ゼロ」を要求する運動で首相官邸前行動に20万を超える市民が集まったとか、その運動が今も継続し、全国で呼応する運動が広がっているとか、消費税増税反対の運動とか、TPP参加反対の運動とか、沖縄のオスプレイ配備反対、基地撤去の運動など、各分野での国民の運動が大きく広がる、その力こそが政治を変え動かすのだ、そして、それと結びついた国会活動が求められるのだと、ぼくは思っているよ。
いずれにしてもあきらめてはいけないよ。僕らの生活も、子らの将来も、日本の未来もすべて政治に左右されるのだから、しっかり考えて行こうよ。
ちょっと理屈っぽくなったかな。」
 
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by tsukushi--juku | 2013-01-22 22:10 | Comments(0)
高3K子のこと
   高3K子のこと 

 高3K子のことについては土筆通信で何回か書いているので、改めて書くつもりはない。昨年暮れ進学する大学も決まったから、3月で土筆とはお別れということになるのだろうが、去年最後の日に書いた作文はぜひ載せておきたい。
 とにかく小学2年生から土筆に通ったのだから、今までの塾生の中では一番長く通ってくれたことになる。いろいろな思い出もあるが、K子が小学生のころの「あてのない遠足」の想い出は鮮明だ。武蔵横手に行った時のこと。元、田んぼでもあったところだったのだろう土手の斜面にセリが群生していて、地主に断って芹摘みをしていたわけだが、夢中になっていた紅実子が、湿地のぬかるみに足を取られて、靴も靴下もドロドロ、脱げてしまった。靴をひっぱりだしてドロをぬぐったのはいいが、靴下はとても履ける状態ではない。私の靴下を脱いでK子にはかせて、何とか取り繕ったということがあった。ぬかりみに足を突っ込んだ時のK子の顔が今でも思い浮かぶ。
 ちびだったK子が次のような作文を書くようになったのだ。土筆塾最後の作文ということではないかもしれないが、とにかくその作文を紹介しておこう。

 
 一年を振り返って
        高3 K子

 一年というより、少し昔から振り返って考えてみる。
 私はいつから「型にはまった教師」が嫌いになったのだろうか。小学校の頃は特にそんなことを考えたりはしなかった。考える暇もなく、友達や土筆塾のみんなと遊びに夢中になっていた。となると、やはり中学生になってからなのだろう。
 私は、中学時代教師に恵まれなかった。どの教師も、「教師の型」にはまって抜け出せないようなカッチカチの「教師」ばかりで、嫌いだった。
 そして、高校生の今でもそうだ。高校でも嫌いな「教師」は多い。私はかなりの「人嫌い」のようだ。
 しかし、私は教師とは別の「先生」には恵まれている。これに土屋先生も入る。私なりの言葉で言うと、「型にはまらない教師」か「子どものような大人」だろう。土屋先生しかり。私の周りには本当に元気な爺婆が多い。六十過ぎ、中には七十も超えているだろう人たちなのだが、とにかく元気がいい。ある人は冬スキーをするために海外に行く。またある人は街の清掃活動に率先して取り組み、だれよりも(学生よりも)終わった後元気、などなど。その人たちが集まれば山は登るし、バトミントンや卓球などスポーツはいろいろやるし、当時、中学二年生だった私が百人一首をやろうと言えば、中学生相手に本気で来るし、とにかく元気。百人一首の時は勝てる自信があったのに、私は結局勝てなかった。その時は本気で悔しかった覚えがある。その人たちは私に「まだまだ負けない」と言ったが、私が「中学生相手に、大人気ない」と言い返せば「それが私たち…」とでも言いたげに笑われたのも覚えている。
 私はこの人達を、尊敬をこめて心の中で「妖怪爺婆」と呼んでいる。母が内緒で呼んでいたのをピッタリだと思ったからだ。ちなみに土屋先生は妖怪爺婆に含まれない。妖怪爺婆は私に会うと「大きくなったね」といい、私はお世辞抜きで「変わりませんね」と言える。あの人たちは年々若返っているように私は感じる。でも土屋先生はちゃんと年をとっている当たり前の人間と言えるからだ。
 さて先ほども書いたように妖怪爺婆だが、中学生相手にも容赦はしない、しっかり自分の力を見せつけるところが大人気ない。これほど大人気ないという言葉が似合う人はいないと言いたくなるほど大人気ない。しかし、これほど「人生の見本」としての「先生」はいないであろうと思える人達だ。
 妖怪爺婆も土屋先生も私にとっては自慢の「先生」だ。学校の教師には恵まれなかった私は「遊びの先生」にはとても恵まれている。まだ十八年しか生きていないけれど、これは私にとってとても自慢できることだと分かる。将来自分がどんな人になるかまだまだ分からないが、そんな爺婆の仲間入りが出来ていたら良い、と思う。(土筆通信1219号の一部)
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by tsukushi--juku | 2013-01-12 15:44 | Comments(0)