土筆塾主宰・土屋春雄のブログ

<   2011年 05月 ( 4 )   > この月の画像一覧
原発安全神話と政府東電の癒着
大地震、大津波による未曾有の大震災と福島第一原発の大事故という歴代政府と原子力業界の癒着による人災。とりわけ東電の大事故は収束の見通しも立たない一進一退の事態が続いている。被災された人たちの苦しみ、怒り、不安、さまざまな思いに心を重ねながら、今回、振りまかれてきた原子力『安全神話』問題に触れて少し書いてみたい。

   原子力発電安全神話と政府・東電の癒着の構造

 インターネットで、経済産業省から東京電力への天下りと、東電現職職員の政府機関への出向について調べてみた。
 おおよそ次のようなことが分かった。
「東電は旧経産省時代から、同省OBの天下りを受け入れてきた」こと。副社長を務めた元幹部もいること。1月1日には、去年8月まで資源エネルギー庁長官に当たった石田徹氏が顧問に就任していること。こうした状況に対しては国会でも厳しく追及された。たとえば原発推進者でもあった自民党幹部でさえ「OBがいる東電は身内。厳しい監視、指導ができるわけがない」と批判、社民党福島党首は「どんなに危険と指摘しても東電は聞く耳持たなかった」と批判していること。などだ。
 東電から政府機関への在籍出向者が36人にも上ることが、5月27日の衆議院経済産業委員会で共産党吉井英勝氏によって明らかにされた。
 実態は左の表の通りだが、なんと東京電力に在籍のまま出向と言う形で36人もの社員が政府関係機関に入り込んでいる。吉井氏によれば「まるで東京電力の霞ヶ関出張所」ということになる。政府機関と東電の癒着の構造だ。(表省略)
 加えて政治家とりわけ自民党と東電との関係も深い。朝日新聞5月20日に掲載された、元自民党参議院議員、そして現東電顧問加納氏の記事だ。「原子力村の使い走りとして国政をやってきたなどというのは失礼千万。出馬の際に、東電社長のほか東芝、日立、三菱重工の社長や会長が応援に来た」と嘉納氏は弁解する。秘書5人は全員、東電の元社員が出向であったことも分かった。語るに落ちたとはこのことだ。東芝、日立、三菱重工、これらはいずれも原子力産業の担い手だ。こうした原子力産業の意を受けてまさに『使い走り』の国会活動をしていたのだから政界、官界、業界の『政官民』癒着構造が出来上がっていたのだ。もう一つ付け加えておく。電力業界からの政権党に寄せられてきた政治献金についてだ。手元に具体的資料がないから数字については分からないが、私が国会秘書をしていたころ電力業界から自民党に寄せられていた政治献金は膨大なものだった。その後減ったとは到底思われない。
 これらすべてが利潤第一主義、効率第一・安全軽視の『原子力安全神話』の下、鳴り物入りで、次々と原子力発電所を作り、この狭い地震列島に54基もの原子力発電所を作った。今回の福島原発事故が起こらなければ、さらに14基の原発が作られていくことになっていたのだ。『交付金』を餌に、地方自治体に金をつぎ込み、金に困っていた地方自治体と住民をだまし続けてきた、その罪は極めて重い。
 歴代自民党政権・自公政権、そしていまだ原発に片足を入れながら、国民世論に押されて原子力行政のあり方を考えるとしている、弱腰の菅民主党政権。彼らは『安全神話』を振りまいてきた自らの責任をどれだけ反省しているだろうか。(ここでは触れないが、マスコミの責任もきわめて大きいとだけ指摘しておく。)
 今回の震災、原発事故からの復旧・復興の財源については、先の土筆通信NO1155号で触れたから今回は省くが、いずれにしても消費税を含む、住民にしわ寄せの財源捻出には厳しく反対したい。
 脱原発、自然エネルギーを軸にしたエネルギー政策に大きく舵を切ることを求めたい。
[PR]
by tsukushi--juku | 2011-05-28 22:10 | Comments(0)
小冊子を発行して
  小冊子へのたくさんの手紙、感想
小冊子「子らの未来と日本の未来のために」を発行した。原稿を入れて10日ほどして、あの東日本大震災が起こった。したがって小冊子には大震災に触れた記事はない。記録のつもりでまとめたものだが150ページを超える冊子になった。友人、知人、通信読者、父母、卒業生などに送ったが、3冊、5冊、多くは20冊と注文があって、広めてくださっている。ありがたいことだ。
 また、 小冊子『子らの未来と日本の未来のために―土筆塾からの発信』を発行してから、次々と、たくさんのお手紙と、感想が寄せられている。そして思いがけないたくさんのカンパも寄せられ、感激するやら、申し訳ないと思うやら……。
 いただいた手紙・感想を抜粋して少し紹介させていただきたいと思う。

*「子らの未来と日本の未来のために―土筆塾からの発信」お送りくださりありがとうございました。読み進んでいます。途中で読むのをやめて考え込んだり、読むのを休んで食事の支度をしたり、どこから読み始めても読み進んでしまいます。繰り返し読んだり、読み終わるのはいつになりますか……。(中略)
 それにしても人災=東京電力福島第一原子力発電所の事故と、その事故への措置のヒドサ。マイクロシーベルト、ミリシーベルト、炉心溶融(メルトダウン)。日ごろ聞きなれない用語がテレビでしきりに使われ、内閣官房長官は東京電力のスポークスマン。レベル7の「深刻な事故」がレベルゼロになるのに、何年(何十年)を要するのでしょうか。(中略)
 東電福島原発と枝野長官がテレビ画面を独占している間に、3月30・31日、国会では「思いやり予算」1991億円。5年間のための特別協定が可決承認されていました。大災害の復興より、米軍駐留経費負担を優先させる国民軽視。また東京都知事選挙の結果にも、日本の民主主義の到達度に思いをいたしたりしています。(中略)
 送っていただいた小冊子に感じ入りながら、お礼を申し上げます。貴君の若さに、元気さに、励まされています。(学生時代の友人・相模原市)

*今日は。ご無沙汰しています。「土筆通信」なんと1154号!しかも中身の詰まったすばらしい宝物。何者にも変えがたいものですね。少なくてすみませんが5冊送ってください。あれこれの人に読んでもらいたいと思っています。(古い土筆通信読者。日野市)

*昨日は「子らの未来と日本の未来のために」を頂戴しました。土筆塾の子たちが書いた文章と土屋さんの文章とがコラポレートして生き生きとした若い息吹が伝わってきます。所々に挿入された写真もよく、かつて訪れたときの塾そのままの様子が生き返って来ます。子らの政治的関心が土屋さんの文章家と思われるものに出会って驚かされます。
 年代順に並んでいるようですが文章に年月が記載されていると、もっと良かったし、全体の目次があると読み返すときに便利ではなかったかと存じます。
 子どもにとって作文を書くことの楽しさを呼び起こすことは、大切だと思います。私も高校生のとき国語教師から宿題で出した作文をほめられて、それが励みになり、書くことにのめりこみ、毎日必ず日記を書き、文章を書く習慣が身についていったと思います。言うまでもなく書くことは考えることであり、自分の考えを客体化する作業です。一方読むこと―多くの優れた作品に触れることで書くこと、考えることは磨かれます。……
 ますますお元気で土筆塾がこれからも発展していくことを祈っています。(高校教師時代の元同僚。元大学教授)

*伊豆の山は百の緑に囲まれ、いつもの年なら最高の季節です。でも今年は……暗いニュースばかりで、小学生のころ味わった体験があれこれ胸に迫ってきてやるせないです。
 自然災害の上に原発事故、私たちも豊かな日々に甘えすぎていたのでしょうか……急に暗くなった夕食後の家々。一燈の茶の間で、貧しい夕食を囲んでいたころを、痛々しく思い出されました。でもそのころ、そこには家族の和みがあった。譲り合いがあった。ぬくもりがあった、本当の笑顔があった。
 今、美しい桜並木に電気をともし、夜中まで大酒ぶるまい……。それが文化だと思い込んでいた、それが町おこしだとおごっていた……やはり神様の懲らしめだったのでしょうか。
「子らの未来と日本の未来のために」、一字一句尊い、本物のある発信・便りありがとうございました。
 私にとって滝平二郎さんの記事、懐かしかったです。「ベロだしチョンマ」「花咲き山」など子どもたちも父母の皆さんも巻き込んで、感動したものです。「花咲き山」の音楽劇の一こまが今でも浮かんできます。あのころの子どもたちも今は立派なお父さん、お母さんとなりました。
 今の私にとって、難しい政治のことや教育のことはあまり分からなくなって生意気なことはいえないけれど、唯一つ、心の痛いことはバスや電車の中の、高校生が、友達と同席しながらも、黙って、ただケイタイのメール打ちをしていることです。下車するまでずっと……。私たちのころは手に持っていたものは英語の単語カード。そして楽しいおしゃべりだったのに。77歳の老いのたわごとでしょうか。冊子、家族でゆっくり読ませていただいています。(後略)(高校時代の同期生、元小学教師)

*大震災からまもなく二ヶ月。いまだに心落ち着かない日々が続いています。(中略)「子らの未来と日本の未来のために」の冊子ありがとうございました。……
 冊子は今までも読ませていただいていた内容ですが、改めて一冊になるとその一文一文の中に込められている発見や成長の記録になっていることを感じます。文が書けるということは自分の心と向き合えることなんだなぁと。子どもさんたちが土屋先生の下だからかけたということもあるのではないしょうか。(後略)(読者・清瀬市元小学教師)
     小冊子『子らの未来と日本の未来のためにー土筆塾からの発信』(定価400円)
[PR]
by tsukushi--juku | 2011-05-24 15:31 | Comments(0)
あてのない遠足
    思わぬ収穫ー山菜摘み遠足

  今年の「あてのない遠足」はたくさんの収穫があった。セリ、シドケ、ハナイカダは去年も結構採れたが、今年はウドが多かった。下見に行ったときは、ウドはまだ芽が出ていなかった。枯れたウド殻を頼りに見当はつけておいたが、それを超える収穫があった。
初めての子は、なかなか山菜と雑草の見分けができなかったが、何回か行っている子は覚えていて、セリにしても、ハナイカダにしても、シドケにしても、ウドにしても自分で見つけていたのは頼もしい限りだった。
道などない、山の急斜面を上り下りして山菜を採り歩く姿は、普段見慣れている子どもとは違った面が見えて、なんとも頼もしかった。こうした経験はいい。
ところが今年の参加は13名ほど。そのうち大人が半数ほどいたから子どもの数は少なかった。一時は50名を越えるほど参加したものだったが、去年も多くなかった。年々参加者が減ると言うのはさびしい。
中学生は部活などでほとんど参加しないし、小学生でもサッカークラブやバスケットクラブなどに参加している子どもは参加しない。
親の価値観にもよるが、私としては、子ども時代はいろいろな体験をさせたほうがいいと思うし、とりわけ自然体験はたくさんさせてやった方がいいと思っている。親子で参加すると言うことも大切だ。せっかくの日曜日、親はゆっくり休みたい、翌日の仕事にさし障ると言うことがあるかもしれないが、親子で体験を共有し、話題を共有するということは子どもの成長にとってきわめて大切なこと、と、私は思っている。その夜の食事は、参加したどの家庭も山菜料理を味わい、話題も弾んだことだろう。
教育は紙の上だけで得る知識の量で決まるものではない。自然体験などのさまざまな体験を通して身についていく感性や生きる力は、子どもの人間形成にとって欠かすことのできないものだ。親は子どもを命令や号令で動かし、知識の量で評価するだけでなく、少し手間ひまかけて、自然の中でともにすごすといったことがあってもいい、と、私は思うのだ。
来年の「あてのない遠足」も多分4月29日(休日)と言うことになるだろう。たくさんの参加を期待したい。
あてのない遠足
                      5年 浜田未月

四月二十九日金曜日、「あてのない遠足」に家族で参加した。場所は吾野近くの山だ。一昨年、去年といっているけれどやっぱり山菜採りの遠足は楽しかった。なぜならウドや他の山菜を採っていくたびにうれしくなるし、採った山菜を食べるのも好きだからだ。特にハナイカダのてんぷらは最高だ。
 去年と変わらず、山道はけわしかった。歩き始めてからちょっとしかたっていないのに、もう足首が痛くなってきた。そう思い始めたとき、先生がウドを見つけた。その場所は確か去年見つけたところと同じような気がした。先生がコンクリートの上の土手に押し上げてくれた。ウドがあった場所は少し、高めの段差があったからだ。先生にナイフを借りウドを採った。
 最初に見たときは分からなかったがだんだん記憶がよみがえり、ウドを見つけた。これがウドか、と思った。しばらく見ていなかったから忘れていた。でもやっぱり採ってみるとうれしかった。そこで採った三本を、ぼくと省吾君と高田で分けた。
 その後、セリ、ハナイカダなどを採り、ますますうれしくなった。だが、いくら探してもウドは無かった。少し残念に思っていたとき、ハナイカダが大量に発芽しているところを見つけた。ハナイカダはうまいので夢中で採った。見るとビニール袋はずっしりと重くなっていた。今日の晩食べきれるかなと思ったぐらいだ。
 そうやって歩いていると、シドケがたくさんあるがけについた。そこはけいしゃが急で、すべりやすかった。そこでシドケをたくさん採り、下に下りてから、元の場所にもどった.。
そのときは足首がガクガクだった。
 またしばらく歩き続けていると、去年も行った少し広いところに着いた。そこでご飯を食べ、おやつも少し食べた。
その後、ぼくはやっと切りたおした木の下にあったウドを見つけた。しかも三本も!とてもうれしかった。そしてその辺りを探してみるとさらに四本見つかった。ぼくはますますうれしくなった。そのとき先生が、
「ウド採りに行くぞ!」
と言ったので、ついていった。もっとウドを採りたいという気持ちをおさえ切れなかったからだ。そうやって先生についていったら、平らなところに出た。
「ここいらにウドがあるぞ!」
といったので、ぼくは夢中になって探した。なかなか見つからないと思ったとき、しげみに五・六本ウドがあるのを見つけた。ぼくは飛んでいってウドを採ろうとした。高田も同じところを見つけたみたいだったけれど、それは違った。ぼくの見つけた後ろにも五・六本のウドがあったのだ。ぼくの心はおどった。
 その日はとても楽しかった。ウドがこんなに採れるとは思わなかったからだ。とにかく、今日は最高の一日だった。

   今年のあてのない遠足
                   5年 高田優一郎

 ぼくは、先週の金曜日に吾野にある山に土筆塾の「あてのない遠足」で行きました。今年は、新しく入った村山くんも行きました。
 ぼくは浜田くんと省吾くんと村山くんといっしょに山を登りました。山には、セリ、ウド、ハナイカダ、シドケなどの山菜がありました。
 最初にウドを見つけたのは浜田くんでした。ちょっとくやしかったけれど、3本あったので1本分けてくれました。はまだくんは優しいなと思いました。もうちょっと登ると、セリがたくさんある所に着きました。そこでビニールふくろにいっぱいセリを採りました。もうちょっと行くとハナイカダがすごくたくさんある所に着きました。そこでいっぱいハナイカダを採りました。そうするとだんだんふくろが重くなってきました。
 ちょっと坂が急になってくると、もっと急な坂の所にシドケがたくさんありました。それでぼくは浜田くんたちとシドケをビニールふくろ半分くらい採りました。坂が急だったのでちょっとつかれました。
 シドケを採ると、ぼくたちはみんなと違う道を行きました。そこにはトゲのあるいばらがいっぱいあって先に行きにくい、かわりにウドが7本ぐらいかたまっている場所が4ヶ所ぐらいあって、7本のウドをゲットしました。飛びはねるぐらいうれしかったです。
 もうちょっと登った所で、昼ごはんを食べました。弁当を空けてみると、はしを家においてきたらしくありません。先生が木の枝ではしを作ってくれました。木のはしで食べた弁当はとてもおいしかったです。少し休んで、山を下りました。駅に着いたらもうたおれそうなくらいヘトヘトでした。
 今年は、去年よりもいっぱい山菜が採れたので、来年はもっと採れるといいです。今年はとても楽しかったので、次のあてのない遠足もぜったい行きたいです。

   山菜を楽しみながら
                        5年 村山璃空

4月29日に土筆塾の遠足であがのまでいきました。
 山菜採りを始めて、最初は草の見分けがつかなかったけれど、土屋先生が見本を見せて教えてくれたので見分けができるようになりました。セリはくきが赤むらさきで丸っぽいいなど、山菜の種類も教えてもらいました。
 山道を歩いて行くと、シドケという草が生えていました。もみじのような形をした草です。ぼくはシドケがたくさんあるところに行ってすべって落ちてしまいました。少し落ちてとまりましたが、ビックリしました。そこでシドケを採ってあがろうとしましたが、大木があったり、土がやわらかかったりで、あがるのが大変でした。落ちた理由はたぶんシドケ採りにむちゅうだったからだと思います。
 その後、ウドを採りに山のおくの方に行きました。だけどなかなか見つかりませんでした。もう少しおくに行くと、ウドが3本採れました。ウドガ採れてよかったです。
 家に帰ってお母さんに料理してもらいました。お母さんも山菜を料理するのは初めてだったので、料理の仕方を土屋先生に教えてもらっていました。
 山菜料理はおいしかったです。みんなもおいしいといってくれました。うれしかったです。ぼくもおいしかったのは、自分で採ったからだと思います。
 また、山菜採りに行きたいです。
[PR]
by tsukushi--juku | 2011-05-12 18:28 | Comments(0)
東日本大震災
  東日本大震災の復旧・復興に思いをはせて

 東日本大震災の復旧、復興はいつになるのだろうか。福島原子力発電所放射能拡散はいつ収束するのだろうか。先が見えない不安の中で、時だけが過ぎていく。死亡14,704人、行方不明10,969人、避難126,372人(5月1日現在)。胸が痛む。
 明日は憲法記念日。憲法25条は①すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。②国は、すべて生活部面について、社会福祉、社会保障および公衆衛生の向上および増進に努めなければならない。と、規定している。
 今、大震災復旧、復興に向けて盛んに論じられ始めているが、どこに依拠し、誰の立場にたっての復旧、復興か、国のあり方そのものが厳しく問われてくるだろう。
 私ごときが論じられるようななまやさしいものではないが、せめて一言つぶやきぐらいは言わせてもらいたい。
 復旧、復興には莫大なお金がかかる。その財源をどこに求めるか。それは復旧、復興が誰の立場に立つものかを占う一つの試金石になるだろう。4月30日衆議院財務金融委員会で、野田財務相は、消費税を含む『税制抜本改革』の方向で財源を得ることを表明したようだが、これが現内閣の方向と言ってもいい。財界を含めて消費税増税はあちこちで言われ始めている。だが消費税は国民すべてに負担を強いる税金であり、とりわけ被災者を含む弱者にこそ重い負担になることは周知の事実である。これは断じて容認できない。
 では財源をどこに求めるか。私はまったくの素人だから大きなことは言えないが、素人なりにいくつかのことに触れさせていただく。
 その一つは軍事費の削減によって生み出すと言うこと。日本の憲法はその第9条で『日本国民は正義と秩序を貴重とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。前項の目的を達するため、陸、海、空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない。』と規定している。日本の軍隊、自衛隊は、世界有数の近代兵器を装備した軍隊だ。そこにかけられる膨大なお金を見直さなくていいのか。百歩譲って一隻何百億もするような「イージス艦」や一機百何十億もする最新鋭のジェット機、こういった軍備に手をつけなくていいということにはならない。兆を超える莫大な軍事費は厳しく見直されなければならない。
 とりわけ許せないのは『思いやり予算』と称する米軍への費用だ。1881億円、これを5年間維持するという。これが菅民主党政権の方向だ。沖縄の普天間基地の一部をグアムに移転する費用も日本が負担する。正確な費用についての資料が手元に無いがこれまた莫大なものだ。今思いやらなければならないのは米軍か震災被災者か!
 二つ目の財源は、大企業の『内部留保』と呼ばれるため込み金だ。国際競争力を維持するとか、将来への投資のための内部留保金だとか、要するに労働者の労働によって生み出された儲け金だ。244兆円とも言われるこの内部留保を、その数パーセント活用するだけで復旧、復興財源を潤すことができるはずだ。
 法人税減税、5%減税と言う。金額にして1兆5000億円超。こんなことはやめて復旧、復興財源に当てるべきではないか。証券優遇税制を二年延長したがこれだって庶民のためには何の益もない。資産家、大金持ちへの優遇ではないか。
もう一つ。それは政党助成金。私は今まで何度かこの問題に触れて書いた。政治には金がかかるのだから国民にも負担してもらうとして、支持政党に関係なく国民一人当たり250円、年間317億円を超える税金が『一定の要件を満たし受け取りを表明した政党に議席数と国政選挙の得票数に応じて配分』される、要するに濡れ手粟のつかみ金。日本共産党だけが憲法違反として受け取りを拒否しているが、過去10数年間、これもまた莫大の金額だ。国会議員も痛みを共有するなどと称して、議員定数を減らすとか歳費の何パーセントかをカットするとか言っているが、この政党助成金こそやめるべきではないか。もう一つ『官房機密費』と言われる何に使ったか領収書さえ必要としない予算にも、メスを入れるべきだ。
 さらにもう一つ。それは大型公共事業。たとえば1メートル1億円と言われる東京外環道。ほかにも港湾や空港など、今やらなければならない必要性に迫られている公共事業とは程遠い、大型公共事業は止めるべきだ。
 ほかにもまだたくさんあるだろう。未曾有の大震災、国難と言えるこの時期こそ、可能な財政を総動員して立ち向かわなければならないだろう。
 この発信の最後に原発に触れておく。福島第一原発は安全神話を振りまき、原子力行政を推し進めてきたかつての自民政権、引き続く自公政権、そして今その安全神話崩壊に悪戦苦闘している現政権を含めて、もう原子力に頼ったエネルギー政策には決別しなければならない。脱原発の方向を見据えた新しい国づくりが追求されなければならないと思うのだ。
 主権は国民にあり、国の主人公は私たち国民一人一人だ。災害からの復旧、復興は勿論、憲法を軸にした新しい国づくりを見据えて、今、一人一人の価値観、生き方が問われている。

 戦中(小学生)から戦後の混乱期を経、安保闘争の激動の時代を経て高度成長期を生き、バブル崩壊後の不景気を生き続け、そして今、喜寿を迎えてなお、頑固に一筋の道を歩き続けている一人の人間の、呟きにも似た発信を笑って読み流していただきたい。

    いつだって青春、こころは はたち
                                       土筆通信1155号の一部
[PR]
by tsukushi--juku | 2011-05-02 22:28 | Comments(0)