土筆塾主宰・土屋春雄のブログ

<   2007年 11月 ( 1 )   > この月の画像一覧
小冊子にまとめた
先に小冊子『土筆塾の30年と土筆通信1000号』を発行したが、今回第2弾として『私の少年期と青春の断面、そして家族のこと』をまとめた。この欄で掲載してきた『我が青春の断面』もその中に含めたが、途中で打ち切るわけにも行かないので、このブログにも引き続き載せておく。

生徒の作品集、小冊子「冬の芽」からいくつかの詩を紹介しておく。当時の高校生の動きを知る上で参考になるだろう。

   雨    (高Ⅰ)

激しい雨
どす黒い煙をぬって今おまえは降り続いている
薄い霧に包まれ
ともすれば消えてしまいそうな都会に
一秒も惜しみなくお前は振り続けている

雨よ、私はお前が現れるたびに愛着と憤りを感じるのだ
  日本人の温かい血が流され
  団結したスクラムが打ち砕かれ
  女子学生の命を奪い去った六月十五日
  その日やはりお前は降り続けていた

その日から
日本の歴史を揺さぶったその日から
悲しみと怒りで
握りしめられた手の震えを
お前を私は忘れない

   みゆきさん    (高2)

みゆきさん
あなたはどうして死んでしまったの
信子を残して死んでしまっていいの
十五年経った今
信子はあなたのことを何も知らない
知ろうともしない

信子は戦争がある限り結婚するのはいやだ
再度あなたのように自分の子どもを惨めにさせたくはない
あなたは戦争のために死んだ
あなたの夫が死んだのも戦争のためでした
信子は戦争が産み落とした子どもなのです
戦争は嫌です

みゆきさん
あなたに私の声が届きますか
信子はあなたを「お母さん」と呼べない
呼ぶことが出来ないのです
信子には新しい父母があり姉や兄もいるのです
みゆきさん
あなたが生んだ産んだ男の子はどうしたの?
信子と三つ違いの男の子です
それが信子の兄です
今年十九歳になるその兄は
きっとどこかで楽しく生きているでしょうね

みゆきさん
信子は戦争が生み出した子どもですね
勉強もろくにしないで詩作ばかりしている平凡な子どもです
みゆきさん
肉親のない子ってどこか寂しい気がするものです
父母とケンカした日は死人のような気持ちになります
みゆきさん
信子は寂しくって時にはあなたが恋しくって泣くときだってあります

でも心配しないでください
形のないあなたに見守られながら
仕事をやっていきます
みゆきさん
信子は一人では弱い人間です
でも仲間たちと手を取り合っているとき信子は強いですよ
みゆきさん
憎むべき戦争
その戦争がまたもやおこりそうなのです
日米安保条約の成立がそれなのです

でも信子はもう負けない
みゆきさんのためにも信子のためにも
  戦争は嫌です     

    筑豊の子どもたちへ    (高Ⅰ)

お前たちが危険なボタ山に登り
小さな手のひらをいっぱいにひろげてボタをさがすとき
冷たい北風は容赦なくお前たちに吹きつける
しかしお前たちは何の不自然さもない
明るい無邪気な笑顔をつくる

こんなお前たちの姿を見れば
いくら楽天家のおれでも胸にジーンとくらぁな
おれだって人情はあるからなぁ
そんでもよー
お前たちの家で電灯料が払えないからって
電灯をとめる政府って野郎は
血も涙もない薄情なやつだな
自分たちは明るいシャンデリアの下で
紅い酒をなめているって言うのにな
温かい外套を身につけて
口では立派なことばかり並べ立てているけれど
いつまでたってもお前たちの生活はよくならないじゃないか
小さいお前たちが
どうして飢えやさむさにたえられよう

しかし子どもたちよ
おまえたちはヤマの子だ
冷たい世間に負けるんじゃない!
生きるんだ
強く生きるんだ!         

* 私の手元に残された子どもたちの作品はまだ尽きない。一九六〇年と言う年は、それほど子どもたちの内部を激しく揺さぶったのだといっても過言ではない。これらの高校生が、これからどう成長していくか、今後も記録していきたいと思う。

 C・モルガンの『完全な愛』より、次の言葉を。
『共産主義者の第一の資格は、人間味を持つことだ』
『真の権威と言うものは怒鳴ったり声を高めたりしないでも自然に人が服従するものだ。手本を示す以外に権威と言うものはない』

(一九六一年)
  10月26日の日記

 マヤコフスキーの『調和管理局長官』と言う詩の一節を思い出す。

「・・春、あらゆるものが春に満ち溢れている。天気も、気分も。足りないのはウグイスの唄声ばかり。詩人は陽気にプラットホームへ出て行く。と、不意に、かべの掲示が目にとまる。〈改札係りに話しかけることは厳重に禁じられています。〉
 
  とたんに心臓にクツワ
  ウグイスは石のように
   枝から落ちる 
ぼくは話しかけたい
  「やあ、こんにちは、
元気かい?
  子どもさんは元気?」と
                     (マヤコフスキー詩集)

 誰に対しても「やあ」と握手し、肩を叩き合えるような人間関係こそ人間の望む本物の生活なのだ。教師とか、生徒とか、親とか、そういう一切の肩書きはいらない。すべてが親しい仲間ですべてが友達。そんな関係が出来たらすばらしく美しいだろう。

     お互いの腹の中探り合って
     おれのほうがあいつよりきれいだ
     何て思い込んで鼻高のやつ
     お前の内臓を引っ張り出して洗濯でもするがいい

 高1、O・Hからの手紙

   偉いわ、先生、本当にそう思う。でも、完全な人間と言うのではないよ。(偉いなんていってごめんね。先生だからいえるのよ)
  今日、先生と近近接してみて改めて先生への親密感を覚えたわ、とともに、私にとってとても得るところがたくさんあったこと、嬉しく思います。
人間にとって一番大切なこと・・・。それは「考える」と言うことではないかしら?今までの私は本当に考えるということをしなかった。先生の言われたように、こっちを向きなさいといわれればこっちを向き、あっちを向きなさいといわれればあっちを向くような生徒だった。(今から見たら恥ずかしいけれど)でも、今は違う。せっかく先生に考えることを教えてもらったのに、考えなかったら申し訳ないものね。私は考えます。洋美と言う一つの命がこの世から消えてしまうまで。
   これからの私にとって一番大切なことは強固な意志と、真剣に考えようとする心だと思う。そしてあせらずに一歩一歩向かっていくこと。これからだんだんと経験を積んでいき、後悔と新しい決意を重ねていけば自分の生きる道もわかってくると思うの。今の私は理想も、夢も、真の美しいもの善なるものに対する限りない憧れも、そして将来もある。私はこれを失いたくない。たとえこれからどんな苦しい、きゅうきゅうの生活や悲しい運命が押し寄せてもそのときこそ自分と言うものを試すときだと思う。
   でも、たった一つだけ、うわべを飾るような人間にはなりたくない。顔や姿は少々悪くても人にはそれぞれ個性があるはず。これからは先生に肥えているといわれても気にしないようにするわ、そんなことでいちいち気を使っていたらいざと言うときに困るものね。もっと広い心でものを見つめるね。
   先生の創った詩、『時よその針を止めてくれ』、家へ帰って何回も何回も、繰り返して読んだ。美しいわぁ。二人の姿が目に浮かんでくるよ。いつまでもいつまでもお幸せに。先生と話していると、安心して話が出来る。本当よ。これからは先生からいろんなものをどんどん奪い取っていくから、覚悟しときなさい。これからも先生のところへいろんな相談を持っていきます。よろしくご指導ください。それから気が向いたら詩も作って持っていくね。
   青年教師  土屋先生へ
         1962年11月29日   O・H
[PR]
by tsukushi--juku | 2007-11-19 21:47 | Comments(0)