土筆塾主宰・土屋春雄のブログ

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ぎんなんの季節になった
例年は秋分の日にギンナンを採りに行くが、少し早いが散歩がてら出かけて、少しギンナンを採ってきた。ギンナンについては以前雑文を書いているので載せておく。

  ぎんなんのこと 

私はぎんなん拾いとは言わない。木に登って採るからだ。ビニル袋をポケットにいっぱいねじ込んで、大きな銀杏の木によじ登り、ビニル袋に次々ともぎ取って入れ、袋ごと下に投げ落とす。それを繰り返すのだ。ぎんなんは1ヵ所に6・7個ついているからたちまち袋はいっぱいになり、それをいくつも投げ落とすのだから、たちまちかなりの量を収穫できる。枝先の手の届かないところだけ、揺すって落とし、これも大量に落ちたものをかき集める。そんなにたくさん採れるところがあるのかと思うだろうが、実は格好の場所があるのだ。
 私の家から5・6分も自転車を走らせたところに、米軍への提供施設『大和田通信基地』がある。その基地をL字型に取り囲むような形で、2・30本もの銀杏の大木が並んでいる。銀杏の木は雄と雌があるようで、全部ではないが、それでも10本近くは毎年すずなりの実をつける。片側は産業道路で車が多いので、木に登るのは危険だが、基地に沿って舗装されていない道路が通っているもう一方の側は、金網の柵をよじ登ると丁度いい具合に、木に登ることが出来る。ここが私の『猟場』だ。
 私は田舎の、それも山奥の育ちで小さいころから木登りをしている。まるでターザンみたいに木から木へ移り歩くことだってやっていたから、木登りは『特技』といっていいほどで、枝の多い銀杏の木など登るのはたやすいこと。もう70歳にもなっているから子どもの時のようにはいかないが、木に登るぐらいは造作もない。
 9月の末にもなると、私は自転車を走らせる。実は黄色く熟れ始めっている。まだ落ちるほどには熟れていないが、私は木に登るのだから色づいてさえいればいいのだ。自転車の前と後ろに、ビニル袋いっぱいのぎんなんをくくりつけて、ふらふらしながら帰ってくる。採ってきたものは、大きなバケツに水をはって、そのまま放り込んでおく。三日もそうしておけば、皮はふやけてやわらかくなる。そこでゴム手袋をはめて実を取り出し水洗いして、天日で乾かすのだ。水に漬けるせいかあの独特の臭いもさほど感じない。
10月も半ばを過ぎると、熟れた実が落ちるようになり、拾いにくる人も目立ってくる。年寄りや女性が多い。私が木に登っているときは、「落としましょう」と木を揺する。実は大粒の雨のように落ちて「思わぬ収穫です、ありがとうございました」と大喜びで帰っていく。
 ところで、ある年、とんでもない体験をした。アメリカの貿易センタービルがテロ攻撃にあった年だ。大和田通信基地周辺の警備もかなり厳重で、日本の警察のパトカーが2台警備に当たっていた。私は例のごとく銀杏の木に登って採っていた。いつの間にきたのか下にパトカーがいて、警官が大声で叫んでいる。「おい!何をしている、降りなさい!」と言うのだ。アメリカの基地を日本の警察が警備するなんてけしからん。わたしはそんな思いもあるから、木の上から叫び返した。「見れば分かるだろう、ぎんなんを採っている。毎年のことだ。気になるんだったら下で見張っていたらいい。そのうちに降りる。」パトカーはしばらく止まっていたがやがて基地の玄関のほうへ移動した。私は悠々とその日も大量に採って帰った。
 基地周辺はぎんなんの『穴場』といってもいい。業者と思われる人たちも採りにやってくる。車で来ては、長い梯子を掛け、木の下にビニルシートなどを敷いて揺すり落とすのだ。こうした人たちがやってくると、たちまちなくなってしまう。どこからやってくるのか知らないが、大掛かりで大きな桶にいくつも入れて、車に積んでいく。生存競争は激しいな、などと思いながら、それでも私は地の利をいかして、せっせと自転車を走らせるのだ。
 こうして私は毎年大量に収穫する。ぎんなんは子どもたちとも食べるし、子どもたちの家に持たせてもやる。近所にも、知人、友人にも配る。天日で乾かしたぎんなんは封筒に入れて電子レンジではぜさせてもいい。今は「ぎんなんバサミ」などと言うのもあって、大変便利だ。傷をつけて少し油を敷いたフライパンではぜさせるのもいい。私はこれが好きだ。鮮やかなグリーンが、まるで宝石のようで目も楽しませてくれる。もちろんもったりとした歯ざわり、味もいい。茶碗蒸しにもする。「ぎんなんご飯」にもする。我が家の秋の味覚だ。
 秋は自然薯も掘るから、贅沢なくらい自然は私を楽しませてくれる。
自然よ、ありがとう。
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by tsukushi--juku | 2007-09-21 22:11 | Comments(0)
安倍首相が辞任した
安倍首相が辞任した

なんともあきれ果てた無責任さだ。内閣改造、所信表明と、国民に大見得を切った直後のこのざまだ。詳しい論評は専門家に任せて、一言感想を言いたくもなる。辞任の理由として「テロ特措法」の延長が困難になったことをあげたようだ。そもそもアメリカ・ブッシュ政権べったり、まるでブッシュの下僕のようにつかえ、いいなりになってきたそのブッシュへの「公約」がうまくいいきそうもないのだから、申し訳ないということだろう。
 国内政策でもあれこれ並べ立ててはきたが、要するに大企業中心・戦前回帰の「美しい国」作りが行き詰まって、にっちもさっちもいかない、とても持ちこたえられそうにないというところだろう。
 アメリカの言いなり・大企業中心・戦前回帰の安倍内閣の根幹が、破綻したということだ。
 その安倍首相を担ぎ上げ、持ち上げ、支え続けてきたのは自民党そのもの。公明党もだ。かれらも同罪であることは間違いない。

 右往左往している姿はなんともこっけいで無様だ。大慌てで次期首相と内閣を選ぶということらしいが、参議院選挙敗北に引き続いて、内閣まで崩壊したのだから、国民の信を問うというのが筋で、仲間内で次期総理、次期内閣を、なんてとんでもない。国会は直ちに解散、総選挙ということにならなければ、二重三重の国民への裏切りになる。
                     2007年9月13日・記
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by tsukushi--juku | 2007-09-13 11:37 | Comments(0)