土筆塾主宰・土屋春雄のブログ

戦争法案
       戦争法案に怒りを込めて―戦前の少年時代を振り返りながら

 私たちは、「6月7日(日)、中清戸の児童施設「ころぽっくる」で、安倍政権が進める「戦争法案」反対の立場から、緊急の地域の集会を持った。当日は24名の方たちが参加し、活発な発言が相次いだが、元小学校教師の方が、かつての戦争中の教育に触れながら、次のような歌を歌ってくれた。戦争中を小学生として過ごした人にはなじみの歌だと思うが、まず紹介しておく。

  勝ちぬく僕等

一、勝ちぬく僕等 少国民/天皇陛下の おんために/死ねと教えた 父母の
尊い教えを 受けついで/心に決死の 白だすき/今日も祈りを こめてきた 
二、今日増産の 帰り道/みんなで摘んだ 花束を/英霊室に そなえたら
次は君らだ わかったか/しっかりやれよ 頼んだと/胸にひびいた 神の声
三 僕等の体に こめてある/弾は肉弾 大和弾/不沈を誇る/敵艦も/
一発必中 体当たり/みごと轟沈 させてみる/飛行機ぐらいは なんのその
 もう、説明を加える必要もないだろう。
太平洋戦争が始まった昭和一六年一二月八日、私は国民学校一年生だった。五年生で敗戦を迎えるまで、私はこの歌に代表されるような軍国主義教育の真っただ中にあった。私は伊豆下田の山の中で育ったから、直接戦火にさらされた経験はなかったが、天皇陛下の赤子、天皇陛下の御ために、を学校教育の中で教えられ続けた。今、手元に国民学校当時の通信簿と成績優良者に贈られた優良賞という賞状があるが、その文言は「…右ハ本学年ニ於イテ皇国ノ道ノ修練ニツトメ、其ノ成績優良ナリ ヨッテ之ヲ賞ス」というものだ。皇国の道こそが教育の目的だった。
 当時は、朝は集団登校で、学校が近づくと二列に整列、軍歌を歌いながら、校庭に入ると、宮城に向かって最敬礼をし、奉安殿の前で「第O班総員O名 事故(欠席者)O名、以上終わり」と報告、教室に向かった。軍歌は「エンジンの音轟々と…」と言った「加藤隼戦闘隊」の歌であったり、「四面海なる帝国を守る海軍軍人は…」といった歌だったりした。
 学校の校庭を耕して、サツマイモを作ったことも鮮明に覚えている。赤土の校庭だから肥料が乏しく、馬糞を拾い集めて肥料にしたことも、収穫したサツマイモがやせっぽっちだったことも記憶に残っている。
集落の山間のわずかな広場には、藁人形が杭にくくりつけられて立っていた。アメリカ兵に見立てた藁人形だ。そばに竹やりがあって、「エイ、エイ」と藁人形を突いた。
数え上げればきりがないが、いずれも映画の一コマ一コマのように断片的だ。
 紙面の都合でもうこれ以上は書かないが、教育は子どもを戦争に総動員するためのものであり、国民全体を戦争に総動員するための「支柱」であった。
 
 今、安倍政権は、戦前回帰の方向に大暴走を始めている。教育への干渉しかり、秘密保護法しかり、すべてにおいてだ。安倍政権の閣僚一九人中一五人が、太平洋戦争を美化し、正当化しようと活動している日本最大の右翼団体、「日本会議」に連なる、国会議員懇談会のメンバーだ。太平洋戦争を美化し、肯定する、いわゆる「靖国派」も国会議員の中にはぞろぞろいる。靖国参拝に100名を超える議員が連なって参拝すると言うこの異常さ。安倍政権の本質はここにあると断じていい。今回の戦争法案。憲法違反の解釈改憲の暴挙は、どんなに平和、安全、を乱発しようと、狙いは見え透いている。
 子どもたちを、日本の未来を、戦争の危険にさらしてはならない。

      2015年6月9日、記
                   土筆塾 土屋春雄

 上記の文章は、地域の年金者組合から、原稿を、ということで書いたもの。
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by tsukushi--juku | 2015-06-12 08:52 | Comments(0)