土筆塾主宰・土屋春雄のブログ

東京都議選告示を前に
                    ある日の会話
*東京都議選の告示が近いね。
O石原、猪瀬、舛添と続いた自民党の都政がひっくり返って、小池都知事になって最初の都議選だから、都民の関心も高いのではないかな。
*世論調査などによると、小池都知事の支持率が随分高いようだけど、小池都知事が立ちあげた「都民ファーストの会」どれだけ伸びるのかな。
O小池都知事への支持が必ずしも「都民ファースト」への支持と言うことになるかどうかな。何せ「都民ファースト」はかなりの寄せ集めだしね。今までの
自民党議員や民進党の議員が小池都知事人気にあやかって、当選を狙って鞍替えしたと言うこともあるからね。この機会に都会議員になることを目的に集まってきた、候補者も多いみたいだね。
*僕もそれが気になっているんだ。問題はその人たちがどんな政治信条を持ち、どんな政策を掲げているかだね。
O自民党では当選が難しいと見た連中が、小池知事にすり寄って離党するとか、無所属になって小池さんの推薦を受けるとか、この連中の政治信条を疑わざるを得ないね。先の選挙で投票してくれた都民への裏切りということにもなるね。
*そうだな、この人たち当選できればどの党でもいいって感じだね。
Oこの節操のなさは、投票に当たっての一つの目安にしてもいいのではないかな。また風向きが変わると、別な党に鞍替えってことにもなりかねない。
*ところで、小池都知事「都民ファースト」と選挙協力を結んだ公明党をどう考えたらいいのかな。
Oぼくはね、幾つか問題があると思うな。大体この党は「風見鶏」的なところがあって、実に要領がいい。今まで3代にわたる自民党都政を、与党として支え、要領よくたちまわってきた責任にはほおかぶりだ。国政では今も自民党とともに、特定機密法、安保法制などなど、悪法を強行してきた。そして今また戦前の治安維持法と言う希代の悪法を強行しようとしている。憲法9条を改悪しようと暴走を続ける安倍内閣の協力者だ。都議選は国政とは違うなどと都合のいいこと並べているが全くのごまかし。国政では自民党と一つ。都政では自民党と決別。こんなおかしな理屈が通るわけないよ。こんなおかしな党、ご都合主義を恥ずかしいとは思わないのかな。
*そうだよな。こういうのを2枚舌と言うんだろうな。僕は不思議に思うんだが、公明党の支持母体、創価学会員は不思議に思わないのかね。
O一言付け加えておくけれど、創価学会は宗教団体、それが公明党の支持母体、公明党の下部組織になっているね。これは政教分離を定めた憲法に違反しているともいえる。宗教団体は、その施設には一切税金がかからないが、公明党の資金源が創価学会にあるとしたら、まさに一体、憲法にも違反しているとぼくは思う。ちょっと横道にそれたが、創価学会は、戦前は治安維持法のもと弾圧も受けた、戦後も平和主義を掲げて平和の党を自認し、公言もしてきた。学会員も信教の自由を大切にするなら、公明党の、国政、都政でのあり方に疑問を持つのが当然のはずだと思うよ。そうした疑問を持ち、公明党のあり方に反対している人も増えていると聞いているよ。僕が国会に勤務しているころ、二見さんと言う公明党の衆議院議員がいてね、公明党の副委員長までした人だが、この人は今の公明党のあり方を批判している。そして共産、民主、自由、社民と市民でつくる共闘組織に積極的に支持を表明しているよ。学会員の中にも良心に基づいて行動する人が増えてくるといいなと思っているよ。いずれにしても、国政と都政は別などと言う理屈は通らない。今回の小池「都民ファースト」との選挙協力は選挙目当てのすり寄り以外の何物でもないね。
*ところで、話を元に戻すけれど、小池都知事の支持率が高い、これは確かだよね。でも小池知事、そんなに凄いのかね。
O最近自民党に離党届を出して、自民党と対決姿勢を取ったが、小池さんの政治信条、わからないところも多いね。都政だから国政には意見を言わないと言うのであれば、これは無責任だ。例えば安倍政権が進めている戦前回帰の大暴走に対してどんな態度を取るのかな、どうもはっきりしない。国家秘密法、安保法制、共謀罪法案、それだけではない。憲法9条を残して第3項を設けて自衛隊の任務を書きこむとか、さらに、森友学園問題、加計学園問題、だれが見ても異常としか見えない政治の私物化。隠ぺいと威丈高な国会での態度。こうしたことには一切態度を表明していないね。加えて、かつて彼女は日本最大の改憲を進める右翼勢力『日本会議』の国会での別働隊『日本会議国会議員懇談会』の副会長をつとめていた人物だ。
都民ファーストを主張して、都知事になった。確かに都民の要求に基づいた政策を打ち出し、都政改革を進めている点では僕も評価するよ。でも例えば築地を豊洲に移転する問題でも、豊洲の安全の面での危険性を最初に取り上げたのは小池さんではない。問題を指摘し、独自の調査を繰り返し、都知事に問題提起し、都としての調査を迫り小池都知事を動かしたのは誰であったのか、百条委員会を開かせ追及の手を緩めることのなかった党はどこだったのか(その点ではぼくは共産党を高く評価しているけれど)。そうした積み上げの上に小池都知事がのっかってきたと言えると思うよ。これは確かに今までの自民党政治にはなかったことで評価できることは確かだけれど、僕は小池氏の政治信条と共に過大評価はしていないよ。まあ、よいことは良い、おかしいことはおかしい、是々非々と言うことかな。
*なんでも小池都知事がやったことと言うのは確かに疑問を感じていた。粘り強い日ごろからの草の根の市民運動、それと結びついた政党の活動が土台にあったことは分かる。そう言えば豊洲の「盛土されていなかった」問題の暴露と調査の姿は、共産党の調査と言うテレビ映像、マスコミ報道が多かったね。後から他の党も色々やったけど最初はほとんど共産党調査団提供の映像だったね。
O話が長くなったけれど要するに国政でも都政でも選挙で多数を取ることが何よりも大切なこと。マスコミの報道や小池人気にあやかって、「小池風」に乗る投票行動はしない方がいい。どこの党、どの候補者が、本当に都民の要求に応えるためにぶれることなく、誠実に、活動しているか、自分の生活と未来の子どもたち、未来の日本のためにどの党に伸びてほしいかをよく考え選挙に臨みたいね。都議会議員選挙の政策全般について話す力量はないけれど、大本になることだけでも話しておきたいね。長くなってごめんよ。
*自民党についても話したいね。
O自民党については別な機会に話そうよ。何せ、今回の自民党候補者の50人が『日本会議首都圏地方議員懇談会』所属だそうだからね。これは大変なことだよ。
                       (6月8日・記)
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# by tsukushi--juku | 2017-06-09 21:52 | Comments(0)
クマガイソウとキエビネ
            我が家のクマガイソウとエビネが咲いた
 エビネもクマガイソウも、いずれも生まれ育った下田の山奥から持ち帰ったもの。クマガイソウは、伊豆の大島の我が別荘の敷地に植えていたものだが、かなり増えたので春休みに別荘に行った時、数株、清瀬に持ち帰ったものだがどうやら根づいたようだ。エビネはもう、十数年も清瀬の我が家で根づき毎年花を咲かせている。エビネはキエビネとジエビネがあるがジエビネも微妙に色や形が違って三種類ある。
 クマガイソウは日本固有のランで、絶滅危惧種だそうだ。
 私は故郷下田の山の中(下大沢)で高校卒業まで過ごした。神戸で過ごした十二年間は故郷に帰ることもめったになかったが、ここ清瀬に住むようになってからは、毎年何回かは故郷に帰る。生まれ育った下大沢は、へき地に近いような山の中だから、帰るたびに山歩きする。子どもの頃の、山間のだんだん田んぼや畑だったところ、炭やきをしたところ、その周辺の山野を歩き回るのだ。近年は、イノシシの足跡や、掘りかえした竹林のタケノコの残骸を見ることも多くなったが、昼の間はイノシシに出会う心配もないので、とにかく歩きまわる。山菜の季節は山菜摘みもするが、山野草を見つけるのも楽しみだ。今まで随分いろいろな山野草を見つけた。ササユリ、ヤマユリ、キンラン、ギンラン、ササハギンラン、サイハイラン、エビネ、キエビネ、そしてクマガイソウ。だが今我が家に生き残っているのはエビネ類と、大島経由で今年、我が家に持ち帰ったクマガイソウ。それにヤマユリだ。ホタルブクロもあるが、これは清瀬の米軍基地柵を乗り越えて、原っぱの片隅から採集してきたもの。
 何せ庭のない我が家。鉢植えにして育てたが、あまり手入れもしていないから、生き残ったのはこれだけということになる。
 我が家は妻も花が好きで、いろいろな西洋産の花をもらってくる。私はなかなか名前が覚えられない。日本の山野草の名前はすぐ覚えられるのだが、西洋産の花の名前を覚えるのは苦手だ。最近妻が「オーニソガラム」などという鉢植えの花を貰ってきたが、名前が覚えられなくて、いまだに名前を書いた紙を見ている始末だ。
 故郷を離れて六十五年にもなるが、私の中には子どもの頃生まれ育った下田・下大沢の山野が息づいている。年齢を重ねるにつれて故郷への思いは強くなると言ってもいい。「故郷」というのはそういうものなのだろう。
 六十六歳になる塾生Sさんが東日本大震災で被災した故郷、陸前高田に家を再建して移り住むという。彼女の気持ちがよくわかる。故郷というのはそういうものなのだ。
 我が家の、クマガイソウとエビネが咲いた。
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# by tsukushi--juku | 2017-04-20 21:46 | Comments(0)
日本会議国会議員懇談会
         [参考のために]

         日本会議国会議員懇談会の中心的立場にいる議員(二〇一六年現在)

*特別顧問 安倍晋三(総理)、麻生太郎(副総理・財務相)、*顧問 谷垣禎一(自民党)
*会長 平沼赳夫(自民党)、*会長代行 中曽根弘文(自民党)
*副会長 下村博文(自民党)、菅 義偉(官房長官)、額賀福志郎(自民党)。高市早苗(総務相)、古屋圭二(自民党)、森 英介(自民党)、渡辺 周(自民党)、
*幹事長 衛藤せい一(自民党)
*副幹事長 勝俣孝明(自民党)、櫻田義孝(自民党)、清水貴之(日本維新の会)、山崎正昭(自民党)
*事務局長 萩生田光(内閣官房副長官)、*事務局次長 高鳥修一(自民党)、赤池誠章(自民党)
*政策審議会長 山谷えり子(自民党)、*政策審議副会長 古谷禎久(自民党)、有村治子(自民党)、磯崎陽輔(自民党)、稲田朋美(防衛相)
*幹事 木原誠二(自民党)、木原 稔(自民党)、岩屋 穀(自民党)、江藤     
拓(自民党)、奥野信亮(自民党)、橋本聖子(自民党)、平沢勝栄(自民党)、薗  浦健太(自民党)
*相談役 日本会議代表委員 尾辻秀久(自民党)
*相談役 石破 茂(自民党)

*閣僚になっている会員、金田勝年(法務相)、岸田文雄(外務相)、世耕弘成(経済産業相)、丸川珠代(東京オリンピック担当)、山本幸三(地方創世担当)加藤勝信(一億層活躍担当)山本幸一(環境相)、塩先恭久((厚生労働相)松野博一(文部科学相)山本有二(農水相)、野上浩太郎(官房副長官)

 *なお、森友学園問題で話題になっている鴻池祥肇議員も会員
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# by tsukushi--juku | 2017-03-29 15:22 | Comments(0)
森友学園
            森友学園、籠池さんへ

 森友学園、籠池さん、私はあなたの歴史観、国家観、教育観、あなたの思想とは360度違うけれど、あなたの証人喚問での発言は「本物だな」と思いましたよ。あなたが言った[神風が吹いた]「大きな力が働いたと思う」という発言、安倍昭恵夫人が人払いした二人だけの場で「安倍晋三からです」と100万円をくださったという発言、その通りですよね。
 あなたと安倍首相は歴史観も、国家観も共通していたから、あなたは心から尊敬し、信頼していた。まあ、同志だったんですよね。だから色々便宜を図り、力も貸してくれた。あなたにとってまさに神風だった。だからこそ、園児に「安倍首相頑張れ、安倍首相頑張れ」などと唱和させ、「安保法制成立よかったです」などと一生懸命激励し、応援したいたんですよね。
 「安倍晋三記念小学校」なんて思いついたのも、安倍夫人に小学校名誉校長をお願いしたのも、あなたの安倍首相への信頼のあらわれだった。そうしたあなたの信頼にこたえてくれた、100万円の寄付はそのあらわれだった。あなたは「大変名誉」なこととしてありがたく頂いた、そう言うことだったんですよね。
 ところが、9憶56000万円の国有地が、8億円以上値引きされての払い下げ疑惑が発覚してから、今回の疑惑の数々が表面化すると、安倍首相の態度が豹変し、あなたや奥さんを悪者として描き出そうとした。夫人とあなたの奥さんの親密だった関係も、手のひらを返すように変わった。「裏切られた」、あなたも、あなたの奥さんも強くそう思ったのは当然ですよね。
 あなたは、権力が身を守るためには、平気でウソをつき、証拠をことごとく隠ぺいし、さらには同志でさえ平気で切り捨てる「トカゲのしっぽ切り」は常套手段だということを甘く見ていた。それはあなたの正直さでもあってかもしれないけれど、大変な誤算だったんですよ。あなたもトカゲのしっぽ、次にはあなたと安倍夫人を結ぶ、ファックスで回答をくれた「昭恵夫人つき「秘書」(経産省の公務員)」もトカゲのしっぽとして、責任をおしつけられ、切り捨てられるということになるかもしれませんよ。権力は保身のためには手段を選びません。
 あなたも、あなたの奥さんも腹をくくって、まだ語っていない事実とありったけの思いを、マスコミを通して、国民に発信したらどうですか。
それがあなたの「愛国心」ですよ。国の不正・腐敗をただす、たった一つの道だと思って、勇気を持って発信してください。
もう一度念のために言いますが、私はあなたの思想、あなたの国家観、歴史観、教育観には反対です。もちろん安倍首相の国家観、教育観、思想そのものにも反対です。日本会議の様々な活動も許せないと思っています。
 しかし、安倍首相に裏切られた、あなたの悔しさと怒りは、充分に理解できます。
どうぞ、勇気を持って思いのたけを語ってください。(3月27日
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# by tsukushi--juku | 2017-03-29 15:17 | Comments(0)
私の故郷
              私の故郷・限界集落
                        

 私の故郷は、現在では下田市下大沢。私の子どもの頃は、静岡県賀茂郡稲生沢村下大沢で、温泉で知られた「蓮台寺」から3,40分ほど登った山の上の、36戸の集落だった。2010年に103歳で亡くなったおふくろが90歳前後に詠んだ短歌に、

老人の住む家多し近所なり幼児の声に聞き耳を立つ

というのがあるが、もうその頃から、ほぼ限界集落に近かった。また、おふくろが詠んだ俳句に、

 イノシシの足跡残す芋畑

というのもあるように、当時からイノシシが出没し、畑や竹林のタケノコをあさりまくる「イノシシ天国」だった。
 現在はさらに、「限界集落」は進行し、イノシシ、シカ、サルが人家の近くまで出没する。家数も20数戸ほどに減り、子どもは全くいない。60代が最も若いという老人だけの集落になっている。(*もっとも、今は集落に登る途中に何軒かの家がたち、山の上の集落にも空家を買い求めて移り住んでいる、若い夫婦がいるが)私などたまに帰っても、こちらから訪ねて行かない限り、人に出会うこともない。
 それでも私はこの集落が好きだ。18歳で高校を卒業するまで、ここで生まれ育った、懐かしい、懐かしい故郷だ。おそらくどんな人でも生まれ育った故郷は、たとえどんなに不便で貧しくても、懐かしく思わない人はいないだろう。
 故郷を思い浮かべる時、私は思う。「東日本大震災」で故郷を追われた人達、とりわけ福島原発事故のため故郷を追われ、帰ることもできなくなった人達を思う。その地で生まれ育ち、何十年もその地で生きてきた人たちの無念さを思う。仮設住宅の入居期限は3月末まで。「住宅支援打ち切り」を新聞紙上で目にする。対象者は約一万世帯(約26000人)という。「自宅に住めないのは私たちのせいじゃない」故郷を追われ、住むところを奪われる人たちの声が痛々しい。また福島を追われ、やむなく移り住んだ地で、子どもへの「いじめ」が報道もされた。残念でならない。
「限界集落」になったとはいえ、故郷を懐かしく思う時、福島の原発事故に追われた人達を忘れてはならないと思う。(土筆通信111425号の一部)
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# by tsukushi--juku | 2017-02-25 12:12 | Comments(0)
新年おめでとうございます
       年頭に当たって
                                2017年 元旦    土筆塾 土屋春雄

 今年は83歳になります。子どもたちの数も少なくなって、わずかな国民年金と、わずかな塾収入に支えられての生活になりますが、この子どもたちとその親たち、ずっとつながり続けてくれる卒業生やその親たち、そして全国に散在する土筆通信読者のみなさんや知人友人たちを心の財産として、暴走を続ける安倍政権に抗して、今年も頑張ります。
 もはや、単なる「保守」政治ではありません。戦前志向の「右翼政治」としかいいようがない安倍政権です。

 沖縄を含む日本国土の軍事化。5兆一千億と年々膨れ上がる軍事費。着々と作られつつある戦争法の遂行体制。
 けずられていく社会保障費。
 国の根幹を突き崩すTPP。
 日本の未来の担い手となる若者や子どもたちへの冷たい仕打ち。
 どんどん広がっていく格差社会。
 はてはギャンブル(カジノ)までを国策とする恥ずべき政治。
 どれ一つとっても大企業とアメリカ追従につながる「大暴走」。
 許すわけにはいきません。
 国民・市民の、草の根からの運動の広がりを軸に、野党共闘の構築、これ以外に道は開かれません。
 83歳。「身は老いたりとも、心は青春」の気概を持って、2017年を生き続けます。今年もご支援、ご指導をよろしくお願いします。
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# by tsukushi--juku | 2017-01-01 11:16 | Comments(0)
カストロ死
              フィデル・カストロの死と私の青春

 十一月二十五日、キューバ革命の父、偉大なフィデル・カストロの死が 報じられた。
カストロの死は私の青春と重なる。

  青春時代に書いた私の拙い詩だ。

    来週まで待ってろよ

  「全県活動者会議、日曜日午前一〇時より午後八時まで」
  茶封筒のなかの一枚の紙片

  とたん
  心臓に幕
  またか
  先週は細胞会議
  先々週は地区選対会議
 まったくついてねぇな

 だが待てよ、何とか口実を見つけて
 私的な用事じゃまずい
 サークルの学習会があるってことにしようか
 それとも組合の仕事があるってことがよさそうだ
 
 そしておれはその日
 療養中の恋人に逢いにいくこと
 彼女のやつ待っているだろうな
 もう二週間も逢っていないからな

 おれはその日を設計する
 すべてがバラ色だ 胸が膨れる温かく
 勘弁してくれよ 党をさらりと脇へのけ
 おれは密かにニヤリと笑う

 夕食時だ いつもの癖
 夕刊に目を落とす
 勢いよく目に飛び込んだ活字
 アメリカ、カリブ海 海上封鎖!

 畜生、やりゃがったな
 暴れ出す心臓
 一字一句見のがすな
 ワニザメどものやり口を

 おれはまっしぐら一秒とはかからぬ
 キューバは近い
    フィデルよ フィデルよ
     キューバの同志たち
    
    だがその時だ おれの横っ面ぴしゃりとたたくやつ
    目の前に突き付けられた銃口
    おれは動けぬ ガラガラと崩れる内部
    ええい どうしたらいいんだ

    じっと見つめる黒眼
    あなたは細胞長よ 任務を果たさなくちゃいけないわ
    私たちの愛は党と共に輝く
    そう教えてくれたのはあなたよ、いいわ、待ってるから

    ぐるぐる回りゃがるぜ
    キューバが 党が 彼女が
    おれは沈黙
    長い時との戦い

    よし、崩れた設計図は
    もう組み立てまい
    来週まで
       待ってろよ

 長い療養所暮らしだった恋人は退院し、私たちは結婚した。あれから五一年、私は八二歳になり、昨年『命ある限り、この一筋の道を』を書いた。妻も白髪になり、やや、背も曲がって年老いた。だが、妻は、一〇月二二日沖縄・東村高江、米軍オスプレイ建設工事強行に反対する人達を支援するために、沖縄に行った。
 私たちはまだ元気だ。
 
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# by tsukushi--juku | 2016-12-04 21:34 | Comments(0)
秋は私の季節
                      秋は私の季節

 秋は私の季節だ。栗を拾い、ギンナンヲ拾い(採るといった方がいいかな)自然薯を掘る。
 まず栗拾い。先週9月14日、、卓球に出かけたが、早目に家を出て寄り道して栗を拾った。誰も拾わないところだから大量に落ちていて、拾いきれないほど。あまり時間もなかったからその日は途中で引き上げ、今週また立ち寄った。何本も木があるから、この日も大量に拾う。
 拾った栗は自然のものだからやや小粒だが、それでも結構な粒だ。栗ごはんで食べ、ゆでて食べ、娘家族、友人、知人、子どもたち、近所の方たちにもあげて、堪能した。
 ギンナンはまだ少し早い。10月に入るだろう。近くに米軍大和通信所があって、周辺に銀杏並木があり、沢山のギンナンが採れた。大木によじ登り、ビニルの袋に入れて袋ごと木から落としたものだが、今は枝が切られて登れなくなり、ギンナンもならなくなった。あとは林のはずれにあるぼくだけの『穴場』。誰も拾わないから毎年大量に拾う。銀杏の大木のわきにある木に登って、竹竿で落として採る。何回も出駆けて大量に収獲する。
 バケツに水を張って2~3日漬けておくと皮がふやける。ゴム手袋を使って処理するが水に漬けた関係か 匂いもさほど気にならない。
 あとは天日干しして、ギンナンばさみで傷をつけ、厚手の封筒に入れて電子レンジで40秒ほど、チンする。見事なエメラルドグリーン、モチモチと美味しい。ギンナンご飯にもする。もちろん、娘家族、塾の子どもたち、知人友人、近所の方たち、あちこち配る。
ギンナンが終わると11月、12月は自然薯掘りだ。掘れる所はずいぶん減ったが、清瀬には、まだ下刈もされない林がいくらかはあり、そこが自然薯掘りの『穴場』だ。毎年掘っているから、沢山掘るということはなくなったが、それでも10本近くは掘るだろう。1㍍はどの上物も掘るが、自然の山芋だから枝別れしたのも、曲がりくねったものもある。すべて上物と言うわけにはいかないが、食べる分には味が落ちるわけではない。上物は薄皮を削ってすりおろすと餅のようで、箸でまるごとスポッと持ち上がる。
 だし汁で相当薄め、とろろご飯でも食べるが、我が家ではおつゆがわりにすする。箸でちぎってだんご汁のようにおつゆに浮かして食べることもあり、甘辛く煮付けて食べることもある。千切りにして鰹節を振りかけても食べる。
 娘家族もみな好きだ。そうあちこちというわけにはいかないが、少しは友人、近所の方にも上げる。
 自然相手のこうした趣味もいいものだ。何せ、山育ちの私だから子どもの頃から自然は遊びの場でもあり、生活の場でもあった。
時間がたっぷりあるわけではないから、暇を見つけてということになるが、秋は自然を相手に、少し贅沢な趣味を楽しみたい。
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# by tsukushi--juku | 2016-09-22 12:39 | Comments(0)
つくしっ子とつくしさん
 『つくしっ子とつくしさん』

 今回、佐々木友子さんと共著で『つくしっ子とつくしさん』(龍書房)を出版した。佐々木さんの発案で、自費出版と言うことで300冊発行したが、またたく間になくなって、もう手元に数冊しか残っていない。
 佐々木さんは65歳の土筆塾生。3年ほど前になるが、不思議な出会いだった。
 彼女の近くの文房具店主から、私の著書『子を思う』を借りて読んでくれたというのがきっかけらしい。佐々木さんから、突然電話をいただいて、訪ねて来てくれてたが、その後、長文のお手紙をいただいた。
 本の中では、佐々木さんが「まえがきに代えて」として、当時私が土筆通信に書いた文章を引用し「出会い」について詳しく書いている。少し長くなるが紹介してみたい。

  思いがけない出会い

 先日、突然電話をいただいた。全く面識のない方からだった。「近所のよく行く文房具店の主人にお借りした先生のご本を読んで、ひどく感動した。他の本も読みたくて出版社にも問い合わせたがもうないとのこと、もしお手元にあるようだったらお借りしたい」と言った内容の電話だった。
 文房具店というのは、塾で必要な文具を買っている店、本を出版した折、買っていただいたことがあったが、多分『子を思う』だった。その本を借りて読んだということのようだ。手元にあるから一度いらっしゃってくださいということで電話は切ったが、2・3日して訪ねてきてくれた。
 話していて分かったが、その方が勤務していたところで一緒だったという方が、土筆塾の卒業生の母親だった。ごく親しいおつきあいをしているという。塾生だった子どものこともよく知っているという。話も弾んだ。1時間半ほど話して、私の出版した本や小冊子を抱えて帰って行ったが、その方から長文のお手紙が届いた。今年職場を定年退職したというこの方の、残された人生に立ち向かう姿勢をつづった手紙を、私一人のものとしてとどめておくのは惜しい、そんな気がして土筆通信の場を借りて読者のみなさんにお伝えしたいと思う。(この方は東日本大震災で被害にあった陸前高田出身。)長文なので、多少省かせていただくが、お許し願いたい。

 「……お借りした2冊の本はそれぞれ数日おいて一気に読ませていただきました。中断するのが惜しくて…。S君の作文を最初に読んだ時には(*『生きる力と優しさと』の冒頭の記事の中の戸田(仮名)君(戸打君は本名宍戸出君。元、埼玉県労連事務局長)の作文、信じられず、涙がこぼれました。お母さんが土筆通信を拾って土筆塾を訪ねたのがきっかけとのこと、きっと神様が救ってくれたのでしょう。先生との出会いがなかったら彼の現在はなかったかも…。Sさん〈戸田君のお母さん〉とは職場の組合活動で知り合い、古い付き合いです。今でもたまに会ったり電話で話したりします。子どもは本来正義感が強く、優しい心を持っています。私の子どもの頃を思い出すとそうだったので…。大人になって白と黒の間にグレーゾーンというのがあると知り、時々何が良くて何が悪いのか判断に迷うことがあります。迷った時は世間の流れに惑わされずに大変でも自分に心地よい生き方を選ぶようにしています。
 私は昨年三月に、定年を迎えたら帰郷して実家のそばに買った土地に終の住居を建て、喫茶店をやるつもりで、実現寸前でした。ところがあの東日本大震災で、実家はあとかたもなくなり、何もかも流されてしまい、いつ帰れるとも知れません。関わってくれていた建築士さんは、当日消防団員として、海に近い国道で、避難者の誘導中に津波に流されて、帰らぬ人となりました。家ができて店を開いたら、来てくれると言っていたし、「一生のつき合いになる」と言われていました。たった一年半の付き合いで終わりました。当初私は「何さ、一生のつき合いと言っていたのにこのウソつき!」と亡き人をなじっていましたが、これが人の一生だったんですね。恋人がいると嬉しそうに写真を見せてくれたことありました。二月二十四日に母が急死したので葬儀のため帰省しました。そして三月三日にその人と会って、住居建築の最終打ち合わせをして、ランチを御馳走して、翌日契約書の写しを届けてくれたのが最期になりました。こうして書いていると涙がこぼれます。たった一人の死が一年半たった今でも悲しくて、悔しいです。といってもそんな人がいたから、何十・何百の命が助かったのかもしれません。
 それからの私は生きる張合いもなく、もうどうでもいいや、なんて投げやりになりましたが、四月のある日、元職場の利用者だった人のお母さんにさそわれて「9条の会」のコンサートに行きました。沢山の演奏を聴き、私の好きな「コンドルはとんでゆく」など心にしみる曲をいっぱい聴きました。……こうした交流があってその後も近場でコンサートがあれば聴きに行くようになりました。
 帰ろうとしていた実家がなくなり、帰郷をあきらめてこちらでのんびり暮らすのも一つの方法でしょう。でも、父母は亡くなっても姉妹がいる。甥や姪もいる。帰郷の思いは強いのです。今、帰郷する気になったのはこちらで出来た友人、知人を私の故郷に招きたい、と思うようになったからです。そしてこれらの人達に自然豊かな私の故郷を「第二の故郷」と思ってもらえたら嬉しいと考えるようになりました。震災後に、そんな新しい出会いが増えています。やはり私は帰郷して、予定通り、今度は実家を再建したいと考えています。
 そのためには新たな土地探しです。復興を待つつもりでいましたが、それではいつになるか分かりません。自分で動かないと先に進めませんので、一年ぶりに帰省します。
 今年までの3年間は私にとって最悪で、自分の命があるのが奇跡です。あまり遅くない時期に絶対帰郷しようと思っています。後半生の夢は喫茶、ギャラリー、教室をするつもりでした。今は赤ちゃんから高齢者まで憩える場を作りたい。子どもたちも放課後やってきて宿題をするとか、たとえ一人でも安心して過ごせる場を提供出来たらいいなって…。老後の私の人生設計、気楽にやることができたらと思っています。
 生まれたときから借間生活、中一の時やっと実家が建ちました。上京してからも社員寮やアパートなどを転々としました。六十一年生きてきて我が家と呼べる住まいにいられたのが二十五年。これからは自分なりに理想的な終の棲家を夢見ていました。土地を買うとなると資金が余分にかかる。建物を、涙をのんで縮小しなければならない。欲はかかず身の丈に合わせて、命ある限り夢を実現させるつもりです。先生、ギネスブックに載るくらい長生きして、遊びに来てください。先生よりも十七歳も若いのに、私の方が老けて見えると思いました。……こんな手紙を切りもなく書きました。土筆塾は今の子どもたちにとってはなくてはならない存在だと思います…。」

 かなり割愛させていただいたが、初対面の方からこのような長文のお手紙をいただいたのは珍しい。人にはそれぞれの歩みがあり、それぞれの人生がある。お手紙を読みながら私は私の人生を振り返る。私ももうそれほど長いことは生きられまい。残された人生の設計をしなければならないのだろう。生涯現役でいたいとは思う。だが何が起こるか分からないのだ。その日その日を悔いないように生きる。その積み重ねしかないのかもしれない。
 いろいろ考えさせられたお手紙だった。
 
 この後、何回か土筆塾を訪ねて来て、佐々木さんは土筆塾生になり、文章を書く勉強を始めた。
 今回の『つくしっ子とつくしさん』は、子どもたちの作文と、佐々木さんのエッセー、それに私の「卒業生その後」などをつづったエッセー、政治への発信などを収録したものだ。
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# by tsukushi--juku | 2016-07-30 19:23 | Comments(0)
都知事の資格はない
  
          都知事の資格はないね、舛添さん

 出るわ、出るわ。政治資金で家族旅行、てんぷら、回転寿司代、車購入に似顔絵まんじゅう代まで。みんな政治活動だとさ。あきれてものも言えない。これじゃ、抜け穴だらけの「ザル法」=政治資金規正法でも救えまい。
 言いわけ説明に行き詰ると、自分が選んだ弁護士を「第三者」と称して調査するんだとさ。自分がやったことだろ。自分で調査・説明しろよ。
 あきれてものも言えない。恥ずかしくないのかい。
 おっと、笑って済ませることじゃない。怒ろうよ、みんな私たちが納めた税金だよ。
 都税を使っての「高額海外出張」、大名旅行だけかと思っていたらこの始末。とても都知事の資格はないね。潔く辞任しなよ。
 こんな男、担いだのは誰だっけ。自民党に公明党。これも私ら、忘れていないよ。
 
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# by tsukushi--juku | 2016-05-25 18:05 | Comments(0)